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茶葉の不足問題は、意外なほど深刻だった。
「予想以上に買い占めが徹底されています」
アレクシスは報告書を読み上げながら、淡々と告げた。
「複数商会を経由し、在庫流通を遮断している。商会間の示し合わせも巧妙だ。背後には反対派の資金が流れているのは確実だが……証拠を掴むのも容易ではない」
執務室の中、私は静かに思考を巡らせた。
(なるほど……流石に策を練ってきましたわね)
「殿下、代替品の検討は?」
「質を下げれば王宮の面子に関わる。無理に流通から引き剥がせば、裏の派閥抗争が激化する恐れもある」
私は少し口元を緩めた。
殿下はこういう時、あくまで盤上全体の影響を考慮する。だからこそ隙が少ないのだが――こういう時こそ、多少の柔軟さが必要になる。
「では、少々提案がございますわ」
「……お聞きしましょう」
「今回のお茶会は、王宮の格式維持を最優先に求められていますが、飲み物が”茶”である必要は必ずしもございませんわ」
「……なるほど」
アレクシスが小さく目を細めた。
「先日、サクラ様の礼儀指導から退いていただいた侯爵夫人――あの家は海外貿易に強いはず。確か、南方から上質なコーヒー豆の供給ルートを持っておりますわ」
「つまり、彼女の家から供出させると」
「ええ。“王宮の特命”という形で協力を仰げば、断る理由はございませんわ。なにせ、夫人は既に王宮の《《恩義》》を受けた身ですもの」
アレクシスの表情に、微かな愉悦の色が滲む。
「……その上、侯爵夫人の放逐も”茶葉問題の特命任務”だったという名目が残るわけか」
「左様です。派閥抗争への波紋も、最小限に抑えられましょう」
「素晴らしい。実に柔軟で、見事な打ち手です」
アレクシスは心からの称賛を口にした。
私は軽く微笑む。
「殿下の盤上整理の一助になれたなら幸いですわ」
こうして、難題だった茶葉問題は意外な形で解決を迎えた。
* * *
その翌日――。
私はサクラの礼儀作法指導のため、王宮の練習室を訪れていた。
「リディアさん、今日はどんな練習ですか?」
サクラは相変わらず明るく無邪気だ。
けれど、以前より少しだけ表情に落ち着きが出てきたようにも感じる。
「今日はお茶会本番での招待客の迎え方を重点的に参りますわ」
私は柔らかな声で告げながら、彼女の所作を一つ一つ確認していく。
「右足を半歩引いて、背筋はもう少しだけ伸ばして……ええ、そうですわ。そのままお辞儀なさって」
「こ、こうですか?」
「素晴らしいですわ。だいぶ形になってきました」
私の言葉に、サクラはぱっと顔を輝かせた。
「わぁ……リディアさんに褒められると、嬉しいです!」
「まあ。励みになれば幸いですわ」
彼女の純粋な喜びに、思わず柔らかな微笑みを浮かべる。
以前のような強引な追い詰められ方ではなく、今は穏やかに成長を重ねている。
ふと、サクラが小声で呟いた。
「私……リディアさんみたいになりたいなぁ」
「まあ。なぜ、わたくしなど?」
「だって……いつも堂々としてて、綺麗で、優しくて……何よりすごく格好いいんです!」
私は一瞬、言葉に詰まった。
(……格好いい? わたくしが?)
「過分なお言葉ですわ。ですが、サクラ様にはサクラ様の美しさと強みがございます。無理に他人になろうとせず、ご自分の魅力を磨いてくださいまし」
「はいっ!」
サクラは満面の笑みで頷いた。
まるで小動物のように素直で純粋だ。
(……本当に、お花畑そのものですわね)
けれど、そんな彼女だからこそ守らねばならないのだと、改めて思うのだった。




