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お茶会まで残りわずか。
王宮内は日に日に騒がしさを増していた。聖女サクラの初お披露目が、内外の注目を集めているせいだ。
そんな中、私の周囲も妙に落ち着かない雰囲気になりつつあった。
原因は――アレクシス殿下である。
「……また、ですの」
私の部屋に届けられたのは、薄桃色のバラの花束。
上質なシルクのリボンで丁寧に結われており、贈り主は言うまでもない。
(殿下も随分と手が込んでいますこと)
もちろん、これが単なる贈り物でないことは分かっている。
人目のあるところで、王弟殿下が私へ繰り返し贈り物を届ける。それはつまり、王宮中に「アレクシス殿下はリディア嬢にご執心だ」という既成事実を植え付ける意図に違いない。
(世間に、私が殿下の後ろ盾にいると印象付けたいのでしょう)
それは策として合理的だ。
事実、礼賛派貴族の中には私への露骨な侮蔑を控える者も増えてきた。アレクシス殿下に庇護される相手を、安易に敵に回せなくなったのだ。
もっとも、当の本人がどう思っているかは別として。
「殿下は本当に策士ですわ……」
私は皮肉混じりに呟きながら、花瓶に花を生けた。
翌日、王宮の回廊でまたも彼と出くわした。
「今日も麗しゅうございます、リディア嬢」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、殿下」
相変わらずの取り繕った笑顔を浮かべる。
こうして公衆の面前で優しく言葉をかけるのもまた、殿下の計算の一部なのだろう。
(まったく、殿下の”演技力”も大したものですわ)
アレクシスは微笑を崩さぬまま、さりげなく距離を詰めてくる。
そして、人目を意識して軽く手を差し伸べた。
「次の舞踏会では、是非とも貴女にエスコートを許していただきたく思います」
「……まあ、光栄なお誘いですわね。ぜひ」
私も涼やかに応じる。
あくまで殿下の”布石”に乗って差し上げる、という体裁で。
(……こうやって既成事実を積み重ねるおつもりなのね)
事実、私たちのやり取りを物陰から覗く廷臣の姿がちらほらとあった。
これでまた一層、「王弟殿下は公爵令嬢リディアに入れ込んでいる」という噂は広がるだろう。
だが――。
「……」
ふと、アレクシスの眼差しが一瞬、私を静かに見つめた。
それは策士の打算とも、王宮の冷徹な思惑とも違う色を宿していた。
けれど私は、その意味を深く考えないよう努める。
(……駄目ですわ、リディア。勝手に勘違いして浮かれては)
私はそっと微笑み、少しだけ首を傾げた。
「殿下のお心遣いには、いつも感謝しておりますわ。ええ、私などには過分なくらいに」
「……いいえ。貴女に相応しいことをしているだけです」
アレクシスの声が、妙に静かだった。
だが私は、それすら「策の一部」と解釈してしまう。
(ええ、きっとこれも……王宮の盤上における一手ですわ)
私の中の自己防衛が、そう結論付けていた。
そして、誰よりもその”誤解”に気付いているのは――アレクシス本人だった。




