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王宮の大礼拝堂は、柔らかな光に包まれていた。
高い天井から吊るされたシャンデリアが煌めき、聖歌隊の歌声が静かに響いている。
今日は、私と――アレクの婚約式。
壇上には王家の者たちと共に、王太子殿下と聖女サクラ様も立ち会っていた。
その美しく整えられた空間は、祝福そのもののようだった。
儀式が整うまでのわずかな合間、王太子殿下がそっと歩み寄ってきた。
「リディア」
優しく微笑む王太子殿下の表情には、かつて私が憧れていた幼い面影も残っていた。
けれど今は、どこか弟のように思えてしまう自分に、少しだけ微笑が零れる。
「色々と……ごめんね。僕がちゃんと理解していれば、君にあんな思いはさせなかったのに」
王太子殿下のその素直な言葉に、私は静かに頭を振った。
「お気になさらないでくださいませ、殿下。おかげさまで、王太子殿下と同じ教育を受けさせていただけましたもの」
ふっと冗談めかすように笑みを浮かべる。
「少し大変でしたが……学んだことは今、とても役に立っております」
「……君は強いね、本当に」
王太子殿下は苦笑しつつも、どこか安堵したように頷いた。
そのやり取りを少し離れた場所で見守っていたアレクが、静かに歩み寄ってきた。
「リディアは今や、私の婚約者だ。今後は王太子殿下に気遣わせる必要はない」
その言葉には、隠しきれない独占欲が滲んでいた。
思わず私は微笑んでしまう。
王太子殿下は肩を竦め、小さく笑った。
「そんな余裕のない叔父上を見るのは初めてですよ」
その隣でサクラ様も柔らかく笑みを浮かべる。
「でも、きっとそれだけリディア様を愛していらっしゃるのでしょう。どうか、お二人とも末永くお幸せに」
優しい声でそう告げられ、胸の奥が温かく満たされる。
やがて司祭が式の始まりを告げると、サクラ様が一歩前へ進み、聖女としての祝福を授ける。
「この二人が神の導きの下、共に歩み、共に支え合い、幸せに満たされますように――」
柔らかな祈りの言葉が礼拝堂に静かに響き渡った。
アレクがそっと私の手を取り、そのまま優しく指先に口づけを落とす。
銀灰の瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
「これからは、共に生きよう」
「ええ。アレクと共に、歩んでまいりますわ」
静かに交わされた言葉は、二人だけの誓いとなって胸に刻まれていった。
陽光が高窓から降り注ぎ、礼拝堂の中を優しく照らしていく。
その光の中で、私たちは新たな未来へと歩み出していった。




