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朝の王宮前庭は、昨夜の祝宴の名残も感じさせないほど、静かに整えられていた。
陽光が石畳を照らし、軽やかな馬車の車輪音が心地よく響く。
ユーリ殿下の出立を見送るため、私とアレク――アレクシス殿下は並んで立っていた。
王太子殿下と聖女サクラ様も、少し緊張しつつその場に揃っている。
「さて――」
ユーリ殿下が馬車の前に立ち、柔らかな蒼の瞳で私たちを見渡した。
「短い滞在でしたが、本当に得難い時間を過ごせました。新たな友を得られたこと、我が国にとっても誇りとなるでしょう」
「こちらこそ、ユーリ殿下。良き交流の時を感謝いたしますわ」
私が丁寧に一礼すると、ユーリ殿下は微笑んで小さく首を振った。
「いえ、私の方こそ――個人的にはもう少し滞在したいくらいですが」
その言葉に、周囲に柔らかな笑いが広がる。
そして、彼はほんの僅かに茶目っ気を滲ませた声音で、アレクの方を見やった。
「もしアレクシス殿下が、リディア嬢を泣かせるようなことがあれば――その時は迷わず私にご連絡を。必ず手を差し伸べますので」
「ユーリ殿下……!」
思わず頬が熱を帯びる。
けれどユーリ殿下は悪戯っぽくウインクし、冗談の体裁を整えた。
アレク――アレクシスは僅かに目を細めて微笑む。
「安心してくれ、ユーリ殿下。彼女を泣かせるくらいなら、己が全てを差し出す方を選ぶつもりだ」
その穏やかな言葉に、ユーリ殿下は肩を竦めた。
「……流石です。私の出番は永遠になさそうですね」
場がさらに和やかな空気に包まれていく。
そして、最後にもう一度私へ向き直ると、ユーリ殿下は誇らしげに微笑んだ。
「改めて、お二人の幸せを心から願っております。どうか末永く、お幸せに」
「ありがとうございます、ユーリ殿下」
私も、心からの微笑みを返した。
ユーリ殿下は優雅に馬車へ乗り込み、ゆっくりと出発していく。
遠ざかる馬車を見送りながら、アレクがそっと私の手を取った。
「……本当に、策士で困った男だった」
「ええ……でも、良い友人になれそうですわ」
朝の光が差し込む中、私たちは静かに並んで歩き出した。
新たな未来が、少しずつ始まっていくのを感じながら――。




