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祝宴の喧騒が続く大広間を抜け出し、私はアレクシス殿下と並んでバルコニーへと出た。
夜風が頬を撫で、星々が静かに瞬いている。
宴の熱気とは対照的に、外は穏やかで涼やかな空気に満ちていた。
「……やはり静けさは良いものですね」
私がぽつりと呟くと、アレクシス殿下は僅かに微笑んだ。
「そうだな。熱に浮かされている室内より、ずっと理性が保てそうだ」
その声音には、少しだけからかうような柔らかさが含まれている。
しばらくの沈黙のあと、私はふと視線を下げた。
そして、胸元に輝く紅玉の指輪をそっと撫でる。
「……殿下。今でも少し迷うのです」
「迷う?」
「私には、王太子殿下との婚約破棄という過去があります。外交のことを考えれば――戦略的価値のない私が、ユーリ殿下の求婚を受けて国外に嫁いだ方が、この国にとっては良かったのかもしれません」
それはずっと心の片隅で燻っていた思いだった。
私は誰よりも、自分の立場と役割を理解していたからこそ、なおさら。
けれど――
アレクシス殿下は、静かに私の手を取った。
その掌は、驚くほど暖かかった。
「リディア。君は自分の価値を低く見積もりすぎる」
銀灰の瞳が、柔らかな熱を湛えながらまっすぐに私を見つめる。
「君の才覚は盤上における駒ではない。君は盤上そのものを支える者だ。……そして、私にとっては何より代え難い存在だ」
「……殿下」
「否――今はもう、アレクと呼んでほしい」
その声音があまりにも優しくて、私は思わず頬を染めた。
けれど、アレクシスは続ける。
「外交上の打算など、もはや些末だ。私は――ただ、君が欲しい。君と生きたい。共に歩み、共に老い、共に在りたい」
その言葉は、これまでのどの甘言よりも、胸の奥深くに響き渡った。
夜風が二人の間を静かに通り抜けていく。
私は小さく息を吸い込み、そっと微笑んだ。
「……アレク。私も――あなたと共に在りたいわ」
アレクシス――いえ、アレクは静かに目を細める。
その微笑は、どこまでも穏やかで、けれど抑えきれぬ幸福が滲んでいた。
夜空の星々が、まるで祝福するかのように輝いていた。




