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静寂が満ちる大広間の中心で、私は二人の王族の前に立ち尽くしていた。
ユーリ殿下の透き通る蒼の瞳と、アレクシス殿下の銀灰の瞳。
どちらもまっすぐに、私だけを見つめている。
心臓が痛いほどに脈打つ。
視線をそらすこともできず、けれどこのまま時が止まってくれればとさえ思ってしまう。
けれど――決断を下すのは、私なのだ。
私はそっと深く息を吸い、静かに一歩を踏み出した。
向かった先は――アレクシス殿下の前だった。
彼の銀灰の瞳が、僅かに揺らいだ。
だがすぐに、静かな熱をたたえた光がその奥に灯る。
私は殿下の前に跪き、そっと微笑んだ。
「アレクシス殿下――私は……あなたの申し出を、喜んでお受けいたします」
その瞬間、会場の空気が大きく揺れた。
貴族たちの間に歓声と拍手が広がっていく。
厳粛な求婚の場に漂っていた緊張が、一気に祝福の色へと変わっていくのが感じられた。
アレクシス殿下は静かに立ち上がり、私の手を取って優しく引き上げる。
そして、そっと私の左手薬指に紅玉の指輪をはめた。
「ありがとう、リディア。……私の人生で、これほど嬉しい瞬間はない」
その声音は、いつもの冷静さの奥に隠された熱が滲み出ていた。
一方、ユーリ殿下はその様子を穏やかに見届けていた。
そして、柔らかく笑いながら口を開く。
「……やはり叶いませんでしたね。アレクシス殿下の溺愛ぶりには」
会場から小さく笑いがこぼれる。
ユーリ殿下は場を和ませるように続けた。
「ですが、せめて今後も友人として――貴女とも、この国とも良き関係を築かせていただければ幸いです」
「もちろんです、ユーリ殿下。今後とも、末永く友好の絆を築けますことを、心より願っております」
私がそう応じると、ユーリ殿下は満足げに微笑んだ。
こうして宴は和やかな空気へと移り、再び音楽が鳴り始める。
貴族たちは新たに踊り出し、祝宴の夜は続いていった。
私はそっとアレクシス殿下の隣に並び、彼の腕に手を添えた。
(――ようやく、私が在るべき場所が決まったのだわ)
静かに、けれど確かに。
心の内に満ちる熱を抱きながら、私は新たな幕開けを迎えていた。




