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夜。王宮の大広間は、外交賓客を迎える晩餐会に相応しく、華やかな灯りと音楽に包まれていた。
無数の燭台が輝き、クリスタルのシャンデリアが柔らかな光を降らせる中、列席した貴族たちが優雅に談笑を重ねている。
私は宴の入り口で一呼吸を整えた。
身に纏うのは、アレクシス殿下から贈られたワインカラーのドレス。
深みのある色合いは肌を白く引き立て、繊細な金糸刺繍が柔らかに輝く。
耳元にはユーリ殿下から贈られた宝石が揺れていた。そして、胸元には――
(殿下の通信機能付きネックレス)
アレクシス殿下が贈ってくれた、例の機能性を秘めた宝飾品。
宝石に秘められた冷たい輝きが、今夜も盤上に備えていることを思い起こさせた。
「お迎えに上がりました、リディア嬢」
柔らかな声がかかる。
振り向けば、ユーリ殿下がにこやかに立っていた。
私の姿を目にした瞬間、ユーリ殿下は一瞬だけ寂しげに微笑んだ。
(……私の贈り物ではない、か。やはり今夜の答えは――)
けれどすぐに、柔らかな笑みに切り替える。
「本当に……見惚れるほどにお美しい。リディア嬢、貴女はどんな宝石よりも輝いておられますよ」
「ありがとうございます。贈り物、誠に恐縮ですわ」
私は礼儀正しく微笑み返しながらも、内心は複雑だった。
そっと差し出された手に軽く手を添え、共に宴の会場へと歩み出す。
大広間に入ると、貴族たちの視線が一斉に私たちに注がれた。
小さな囁きが左右から聞こえてくる。
「まぁ……まるで絵画の中のお人形のように美しいわね」
「ユーリ殿下と並ぶと、本当におとぎ話の王子様と姫みたいだわ」
「アレクシス殿下との並びは凛として素敵だけれど、今夜はまた違った華やかさね」
私はそれらの声に耳を傾けながらも、正面奥――壇上に座すアレクシス殿下へと視線を送った。
殿下は軽く視線を上げ、私と目が合った瞬間――
ほんの僅かに、唇の端が緩む。
(……殿下)
その微かな安堵の色が読み取れた瞬間、胸がじんわりと熱を帯びた。
ユーリ殿下のエスコートで現れた私を、殿下は咎めることもなく、ただ穏やかに受け止めてくれていた。
その柔らかな表情の奥には、言葉にせぬ想いが滲んでいる気がしてならなかった。
「今宵は、きっと素晴らしい夜となりますよ」
耳元で囁くユーリ殿下の声。
甘く、滑らかな声音。だが、私は内心で静かに息を整えた。
(さて――今宵も盤上が動きそうな夜ね)
そして、次なる一手へと宴は進んでいく。




