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王宮から戻った私は、侍女たちに出迎えられながらも、どこか落ち着かない心持ちのまま自室へと向かっていた。
「お疲れでございました、リディア様。ですが――実は、お届け物が届いておりますの」
エミリアが微笑みながら運んできたのは、美しく飾られた二つの箱だった。
ひとつは深い藍色のリボンがかけられた箱。もうひとつは淡い金糸で結ばれた細長い箱。
「こちらはアレクシス殿下から。そして、こちらはユーリ殿下よりでございます」
並べられたそれらを前に、私はほんの僅かに息を飲んだ。
「……まあ、丁寧に届けてくださったのね」
そう口にする私の声は、少しだけ硬さを帯びていた。
侍女たちは気付いていないはずもなく、顔を見合わせては、きゃあきゃあと小声で盛り上がっている。
「まぁまぁ、リディア様。今宵は晩餐会、外交賓客のための最後の宴ですものね。どちらをお召しになられますか?」
「どちらって……」
私は両方の箱を交互に見つめる。
アレクシス殿下の箱を開けると、深紅に近いワインカラーのドレスが現れた。
気品と静かな華やかさを兼ね備えたデザイン。細部にまで神経が行き届いた一着だった。
そのすぐ横に置かれた淡金の箱を開く。
中には、淡く輝く薄水色のドレス。
こちらは一目でわかる華美さと軽やかさ――異国の王宮を思わせるような装いだった。
「どちらも、リディア様にぴったりでございますわ!」
エミリアが両手を合わせて目を輝かせる。
「お二人とも、まったく……お優しいというか、ご熱心というか……」
別の侍女も頬を染めながら囁いた。
「やはり殿下方からこれほど思われるなんて、リディア様は本当に幸せですわね。王太子殿下との時は、こういう贈り物など……」
その言葉に、私はふと固まった。
王太子殿下との婚約の頃を思い返す。
……確かに、こうした贈り物はなかった。必要とされる立場にはいただろうが、望まれていたわけではなかったのだ。
(――今、私は望まれているのだろうか)
アレクシス殿下は、慎重に。
ユーリ殿下は、甘く積極的に。
それぞれ違う形で、私を求めている。
箱の中のドレスを見つめながら、胸の奥がきゅっと軋む。
「リディア様……?」
エミリアがそっと声を掛ける。
私は微笑んで首を振った。
「大丈夫よ。少し考えさせて」
けれど、頭の中ではぐるぐると答えの出ぬ思考が巡っていた。
(私は――何を望んでいるの?)
ドレス越しに、二人の殿下の面影が交錯していく。
静かな葛藤が、胸の内に渦を巻いていた。




