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翌日。

快晴に恵まれた王都は、穏やかな陽光に包まれていた。

城門前に用意された馬車の前で、私はユーリ殿下を迎えていた。


「本日は私の我儘にお付き合いいただき、誠にありがとうございます、リディア嬢」


ユーリ殿下は相変わらず柔らかな微笑みを浮かべる。

王族らしい完璧な立ち居振る舞い――けれど、その裏に潜む意図はまだ掴めていない。


「王都をご案内するのは、公爵令嬢として当然の務めにございますわ」


私は控えめに微笑み返しつつも、内心では思考を巡らせていた。


(……ユーリ殿下の狙いは何かしら。まさか私個人というわけではないでしょうし)


今の私は表向き、婚約破棄後の宙ぶらりんの令嬢。

外交交渉の材料と見られても不思議はないが――

それにしては、彼の態度は妙に個人的すぎる気がしていた。


馬車が発進し、街中へと進んでいく。

王都の石畳を馬車の車輪が軽快に転がる音が響く中、ユーリ殿下はさりげなく口を開いた。


「この街並み――整った都市計画、美しい建築、豊かな人々の表情……。

こうして直接案内していただくと、ますます感じますよ。貴女の祖国がどれほど魅力的かを」


「過分なお褒めの言葉をありがとうございます。国の発展は王家と臣下の皆様の努力によるものですわ」


私は礼を保ちながら答えた。


「……けれど、リディア嬢。私には、それだけではないように思えます」


ユーリ殿下の声がわずかに低く甘みを帯びる。


「貴女のご案内が、こんなにも心地よいのは――貴女自身がこの国を深く愛し、理解しておられるからでしょう。

私は今日、街だけでなく、貴女の心の美しさに触れている気がするのです」


一瞬、胸が僅かに跳ねた。


(……甘い)


これほど真正面からの言葉を向けられることなど、滅多にない。

アレクシス殿下はまず絶対に言わない類の言葉だ。


(何を……狙っておられるの?)


警戒は解かぬまま。けれど、不意に揺らぎが生まれてしまう自分に戸惑いを覚える。


昼食を挟み、王都の名所をいくつも巡り歩いた。

中央市場では王宮御用達の菓子を贈られ、工房街では刺繍細工の手袋を贈られ――

馬車内には既に贈り物が積まれつつあった。


そして、最後に立ち寄った宝飾店で、ユーリ殿下は穏やかに切り出した。


「リディア嬢」


「はい?」


「本日だけでも構いません。この王都案内の記念に――お揃いの装飾品を持たせてはいただけませんか?」


差し出されたのは、対になるイヤリングとネックレス。

私の髪色と瞳色に合わせた、繊細な細工の宝飾品だった。


「貴女の美しさに似合うものを選ばせていただきました。……外交の贈り物などと堅苦しいものではなく、これは私の素直な想いです」


彼の声音は驚くほど真っ直ぐだった。


(……本当に、甘い方ですわ)


王族がこれほど真正面から個人的に口説いてくるとは思ってもみなかった。

私は一瞬だけ迷い、礼儀を崩さぬよう微笑んだ。


「それでは、ありがたく頂戴いたしますわ」


装飾品が私の手に渡る。

アレクシス殿下の贈り物とは違う――そこに実用性は一切ない。ただ、美しいだけ。

けれどその違いが、妙に胸に残った。


(殿下――)


ふと、無意識にアレクシス殿下の姿が脳裏に浮かんだ。

私は微笑みを浮かべ直し、王都案内の一日を締めくくった。


「本日は誠に楽しい一日となりました。ご案内役として光栄にございますわ」


「私にとっても忘れられぬ一日となりましたよ、リディア嬢」


ユーリ殿下は満足げに微笑み返した。


こうして王都案内は終わり、しかし――盤上はますます複雑に絡まり始めていた。

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