表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/46

3

「……殿下。これをわざわざ見せるために、私を呼び出したのですか?」


王弟殿下――アレクシスの執務室。

高窓から中庭を見下ろす位置に私は立っていた。


「実物を見た方が、状況の深刻さが伝わると思いまして」


アレクシスは静かに答え、傍らの机に手を置く。

執務室は整理整頓が行き届き、まるで計算され尽くした機能美に満ちていた。黒檀の机に並ぶ公文書も、整然と並べられた封蝋の印章も、すべてが彼の性格を映している。


視線を再び中庭へ戻す。

春の花々が咲き誇る庭園の中央で、王太子殿下と聖女サクラが楽しげに会話していた。


レオンハルト殿下は穏やかな笑みを浮かべ、サクラは無邪気な瞳で彼を見上げている。

その隣では侍女と庭師たちが距離を取りつつ控えていたが、二人の甘やかな空気に誰も割り込む者はいない。


「……随分と楽しそうでいらっしゃいますこと」


思わず皮肉が口を突いて出た。


「お花畑のようだと思いませんか?」


アレクシスもまた、わずかに眉を上げて呟く。


「王国の未来を担う王太子殿下と王妃候補が、神の加護を受け、心穏やかに愛を育んでいる。これ以上なく理想的な光景です」


「ええ、本当に理想的ですわ」


口元に微笑を浮かべるが、内心では深い嘆息を重ねる。


レオンハルト殿下は善良で理想に生きる王太子だ。

聖女サクラもまた、誰よりも純粋で、人を疑うことを知らない。


――だが、だからこそ危うい。


「このままですと……殿下」


「はい。放置すれば、いずれ派閥の思惑に飲み込まれます」


アレクシスは淡々と告げた。


「王太子殿下は聖女の名を掲げる貴族たちを信用しすぎる。彼らは己の利益のために聖女を神輿に担ぐでしょう。サクラ殿下は善意からそれを拒まない。彼女は政治の駆け引きを理解しておられない」


「そして、殿下のお兄様もまた、弟君である貴方の忠告に耳を貸すことはないでしょうね」


「兄上は、私を疑っているわけではありません。ただ――私の方針を冷徹だとお感じになっているのでしょう」


アレクシスは僅かに視線を伏せる。


「兄上に不安を抱かせないためにも、私は表から動けません。ですが裏からならば……貴女となら動けます」


「……共犯者、というわけね」


私は小さく肩を竦めた。

やれやれ、本当に困った兄弟たちだこと。


視線の先では、レオンハルト殿下がサクラの髪に小花を挿して微笑んでいる。

そのあまりの平和な光景に、私は再び皮肉が漏れた。


「ええ、殿下。確かにお花畑ですわ。……頭の中まで含めて」


アレクシスは苦笑のような微笑を浮かべた。


「だからこそ、支える役割は必要なのです」


静かな言葉に、私もまた無言で頷く。

この国の盤上で、駒はすでに並び始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ