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森の中は、春の新緑が静かに揺れていた。
小鳥の囀り、風に揺れる葉音。そこに馬蹄の軽やかな響きが交じる。
王太子殿下、アレクシス殿下、ユーリ殿下――三人は穏やかに馬を進めながら、奥地へと入っていく。
獲物の姿はまだないが、道中の空気はどこまでも穏やかだった。
「こうして森を歩くのは、本当に気持ちが良いですね。王都も美しかったですが、自然の豊かさもまた貴国の魅力ですな」
ユーリ殿下が柔らかな微笑を浮かべる。
「ええ。この森は代々の王族や貴族たちが訓練に使ってきた場所なんですよ」
王太子殿下が明るく答えると、ユーリ殿下は軽く頷いた。
「王太子殿下も、幼い頃より鍛錬を積まれていたと伺いました」
「うん。剣も弓も、叔父上――アレクシス殿下が手ほどきしてくれました。僕はもともと得意じゃないけど、サクラと出会ってから、もっと頑張らなきゃって思うようになってね」
王太子殿下の顔が自然と柔らかく綻ぶ。
「サクラは、異世界から来たのに、いつも前向きで優しくて……本当にすごいんだ。だから僕も、彼女にふさわしい王太子になりたいって思うんだよ」
その言葉には、彼の真っ直ぐな好意と恋情が滲んでいた。
ユーリ殿下は微笑みを崩さぬまま頷く。
「お二人のご関係は実に微笑ましく、拝見していて心が和みます。
異国の地に降り立ちながら、こうして王太子殿下のお傍で穏やかに過ごされる聖女サクラ様も、幸せなことでしょう」
「サクラは……うん、幸せだと言ってくれてる。僕も彼女となら、ずっと穏やかな国を築いていけると思ってるんだ」
王太子殿下は照れたように微笑んだ。
その横で、アレクシス殿下は黙って森の様子を観察しながら馬を進めていた。
彼の眼差しは穏やかだが、常に周囲の異変を逃さない鋭さが潜んでいる。
やや間を置いて、ユーリ殿下はふとアレクシス殿下に目を向けた。
「貴国がこうして安定した平和を築かれているのは、やはり王弟殿下のご尽力があってこそ、と各方面で耳にしております」
アレクシス殿下はその言葉に、わずかに口元を緩めた。
「僭越にございます。王太子殿下が誠実に王道を歩まれているゆえ、私の務めも平穏に果たせております」
謙遜しつつも、言葉の裏に確かな実務の重みが滲む。
「誠に、盤石の体制でございますな……」
ユーリ殿下は軽く呟いた。
その声音は柔らかく、だがその瞳の奥には微かな観察の光が宿っていた。
三人の会話は穏やかに続くが、言葉の裏では静かな探り合いが着実に進んでいる。
外交の盤上は、ゆるやかに次の局面へ進み始めていた。




