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翌日、穏やかな朝の光が王都の上に降り注いでいた。

荘厳な教会の尖塔が空に向かってそびえ立ち、その扉の前には早くも人々の賑わいが広がり始めている。


今日は、アレスト王国のユーリ殿下を聖堂へご案内する日だ。

けれど、案内役は――


「リディアさん、本当にすみません……」


少し肩を落としている聖女サクラ様の横顔が目に入る。


「お気になさらず、サクラ様。むしろ、こうして共にご案内できることを光栄に存じますわ」


私は柔らかく微笑み返す。


本来であれば、聖女サクラ様が教会施設の説明を担うのが望ましい。

だが、召喚から日も浅く、教義や歴史はまだ学びの途中。

代わって、教会制度や王国の宗教的慣習に通じた私が補佐役として任じられた、というのが今日の建前である。


そして私たちの前方を歩いてくるのが――アレスト王国のユーリ殿下だ。


金褐色の髪が朝日に揺れ、深い蒼の瞳が教会建築を見上げて微笑んでいる。


「いやはや、見事な建築美です。貴国の信仰が深く息づいているのが感じられます」


「ありがとうございます、ユーリ殿下。

王国における信仰は、王権と密接に結びついております。王の即位式もこの聖堂で執り行われるのが通例ですわ」


私は自然に説明を引き継いでいく。

サクラ様も頷きつつ、時折補足を加えようとするのだが――


「えっと……ここのステンドグラスは、確か……あの、その……」


「この窓は、建国神話に登場する神託の場面を描いたものでございます」


私はさりげなく助け船を出す。

サクラ様は小さく肩をすぼめて「ありがとうございます」と口元で囁いた。


(本当に、まだお勉強が必要ですわね……)


けれど、こうして学ぼうと努力している姿を私は嫌いではない。

むしろ――とても素直な良い子なのだとすら思う。


ユーリ殿下は微笑を浮かべたまま、ちらりとサクラ様と私を見比べる。


「異世界より招かれた聖女サクラ様の存在は、やはり神秘に満ちていますな。

そして――それを支える貴国の知恵と制度もまた、実に興味深い」


「ご評価いただき光栄にございます」


私は礼儀正しく微笑む。


その柔らかな物腰の奥に、ユーリ殿下の観察眼がじわりと滲んでいるのを私は感じ取っていた。

単なる観光ではない――彼は常に盤上を読みながら動いている。


(さて――こちらも隙は見せませんわよ)


私が内心で静かに息を整えたとき、後方の扉近くに控えていた王宮騎士がそっと視線を送ってきた。

その背後では、アレクシス殿下がルネを伴って別行動を取っている。外交筋の情報を収集すべく、各派閥の貴族や情報網と水面下の交渉に入っている頃だろう。


王弟殿下は王弟殿下で、盤上整理の手を休める気はまったくないらしい。


教会内部を巡る案内は淡々と進み、やがて聖堂の中心部――大理石の神殿前に到達する。


「こちらが、王国の歴代王と聖女の契約を象徴する場にございます」


私は説明を締め括った。


ユーリ殿下は目を細め、荘厳な神殿を仰ぎ見上げる。


「……この場に立つと、王国の歴史の重みと信仰の深さが肌に染み入るようですな」


私はわずかに笑みを深めた。


(外交辞令も巧みなお方ですこと)


こうして、教会案内は大きな波乱なく、静かに終わりを迎えたのだった。

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