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西の空が茜に染まり始める頃、王宮の執務棟は一日の終わりに向け静かな空気を纏い始めていた。


アレクシス殿下の執務室でも、分厚い書類の束が次々と片付けられていく。

静謐で整然とした空間の中、私も隣で資料を整理し、今日の外交報告書に目を通していた。


「……本当に、次から次へと火種が投下されますわね」


私が書類の隅にそっと目を通しながら呟くと、アレクシス殿下は静かに微笑んだ。


「それが盤上です。火種のない盤上は、退屈でしょう?」


「殿下らしいお言葉ですわ」


互いに僅かな冗談を交わしつつ、淡々と作業を続けていたそのとき――


突然、執務室の扉が乱暴に開かれた。


「叔父上っ! アレクシス叔父上!」


珍しく焦った声が室内に響く。

振り向けば、王太子殿下が息を切らして飛び込んできていた。

後ろで慌てて追いかけてきた侍従が、遠慮がちに扉を閉め直している。


アレクシス殿下が、軽く片眉を上げた。


「王太子殿下……何事でしょう?」


「叔父上、困ったことになったのです!」


王太子殿下は椅子にも座らず、そのまま早口で続けた。


「本日、ユーリ殿下をサクラと共に王都をご案内しておりましたが……どうにもユーリ殿下がサクラに――その……やけに親しげでして」


私は一瞬だけ目を細める。

横目でアレクシス殿下を見ると、彼は静かに顎に手を当てていた。


「親しげ……と申されますと?」


「礼儀は守っておられるのですが、まるで……求婚の下準備のような雰囲気でして!」


「王太子殿下、それは――」


私は慎重に言葉を選びつつ口を開く。


「殿下のご心配のあまり、少々拡大解釈されている可能性もございますが……?」


「うう、それはわかっているのですが、リディア嬢。

ユーリ殿下はサクラのことを何度も褒めるのです。

“異世界の清き巫女”だの、“神の祝福を身に帯びる麗しき方”だの……。いちいち婉曲で……!」


その形容に、私は内心で小さく息を吐いた。


(……なるほど。なかなか手練でいらっしゃるわ)


アレクシス殿下はわずかに目を細めたまま、ゆっくりと王太子を宥めるように告げた。


「殿下、ご安心なさい。ユーリ殿下の発言は計算ずくの外交辞令でしょう。

ただ、裏で何らかの意図が動いている可能性はございます」


「意図……ですか」


「聖女殿下を外交の駒として利用したいのか。あるいは、さらに異世界召喚そのものに関心を持っているのか――」


私も頷く。


「礼賛派が過剰に色めき立たぬうちに、早めに盤上整理を進める必要がありそうですわね」


「……叔父上、リディア嬢、頼みます。サクラが困るのは見たくありませんので……」


王太子殿下は本気で心配している様子だった。

その純粋さが、火種を呼び込みやすいこともまた事実なのだけれど。


「心得ております、殿下」


アレクシス殿下は柔らかく微笑み、王太子殿下を安心させるように頷いた。


「今宵はお疲れでしょう。しばしお休みなさいませ」


「……感謝します。では、失礼します」


そう言い残して、王太子殿下は慌ただしく執務室を後にした。


扉が静かに閉まる。

再び静寂が戻ると、アレクシス殿下は僅かに唇を歪めた。


「……さて、盤上の駒が本格的に動き出したな」


「ええ。ユーリ殿下は、思った以上に手練ですわね」


「だが、まだ序盤。ここからが本番だ」


アレクシス殿下の瞳は、静かに鋭さを増していた。


外交戦は、ついに幕を開けた――。

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