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王宮大広間の扉が、ゆっくりと開かれる。
中から溢れ出した光の粒が、夜の冷たい空気に瞬く星のように舞い上がった。
「リディア嬢」
アレクシス殿下は私に手を差し伸べる。
漆黒の礼装に身を包んだ彼は、今宵もまた完璧に整えられている。けれど、その瞳だけはほんの僅かに柔らかさを含んでいた。
「お手を」
「ありがとうございます、殿下」
私は軽く会釈を返し、その手を取る。
自然と指先が重なるたび、微かな熱が走るのを感じた。
「今宵も美しい」
「……殿下、いつもながらお上手ですわね」
「事実を述べているだけです」
淡く微笑みながら、アレクシス殿下は私を導き、舞踏会場へと足を踏み入れた。
煌びやかなシャンデリアの光が降り注ぐ。
磨き抜かれた大理石の床には無数のドレスと軍服の彩りが映り込み、絢爛な社交の舞台が広がっていた。
すでに多くの貴族たちが集まり、互いに挨拶や情報交換を交わしている。
目線の端で、礼賛派の貴婦人たちがこちらを注視しているのも見えた。
噂好きな彼女たちは、私たち二人の動向に今日も興味津々らしい。
「リディア嬢、今宵も噂の的ですな」
「毎度のことですわ」
私が苦笑を浮かべると、アレクシス殿下はわずかに口角を上げた。
そのとき、別の扉が開き、また一組の主役が入場する。
王太子殿下と聖女サクラ様――。
聖女サクラは淡いピンク色のドレスを身に纏い、緊張した面持ちながらも、丁寧に礼を取って入場してきた。
その隣で王太子殿下はいつもの穏やかな微笑を浮かべ、優しくエスコートしている。
「サクラ様もよくお似合いですわね」
「ええ。努力の成果です」
私は小さく囁いた。
ダンス練習での成長が確実に実っている様子が伺えた。
と、そのサクラ様が私たちに気づき、小走りに寄ってきた。
「リディアさん!」
「サクラ様、ようこそ」
「が、頑張りますから……! 今日は失敗しないように!」
「ええ、きっと大丈夫ですわ。堂々となさってください」
サクラ様は少しだけ顔を赤らめて、こくんと頷いた。
その微笑ましい姿に、私も思わず柔らかな笑みを浮かべた。
「良い関係を築かれているようで、何よりですな」
アレクシス殿下が耳元で低く囁く。
「ふふ、教師役としての面目躍如ですわ」
そのやりとりを横目で見ていた貴族たちが、またざわつき始める。
「まあまあ……王弟殿下は本当に熱心ですわね」
「これだけ贈り物やお付き添いが続けば、周囲が噂するのも当然ですわ」
「殿下にとって、リディア嬢はもう特別な存在なのでしょうね」
静かな囁き声が波紋のように広がっていく。
(……殿下の策略通り、ですわね)
私は心中でため息をつきつつも、そのまま静かにアレクシス殿下の隣に並んだ。
今宵の舞踏会は、まだ幕を上げたばかりだ。