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公爵家の正門前に、アレクシス殿下の馬車が静かに停まっていた。

煌びやかな御者台には王家の紋章が揺れ、月明かりが銀糸を照らしている。


扉が開き、彼はゆったりと馬車を降りると、まっすぐに私の元へと歩み寄ってきた。

いつもの黒を基調にした礼装。だが、舞踏会仕様のそれはさらに格式高く、宝石の輝きすら静かに競い合っているようだった。


「リディア嬢」


アレクシス殿下は私に手を差し伸べた。

その瞳が細く柔らかに笑っているのがわかる。


「お迎えに参りました。今宵は貴女の輝きに相応しい舞台です」


「ありがとうございます、殿下」


私はそっと手を重ね、自然な流れで彼に導かれるように馬車へと歩を進める。

侍女たちは遠慮深くも、背後で小さくきゃあきゃあと囁いているのが耳に届く。


そのまま馬車に乗り込む直前、アレクシス殿下がふと懐から小箱を取り出した。


「今宵、もう一つだけ――貴女にこれを」


「まあ……」


開かれた箱の中には、大振りな黒曜石のペンダントが収められていた。

艶やかな漆黒の宝石は、まるで殿下の瞳そのもののように深く吸い込まれそうな色をしている。

繊細な銀細工がそれを囲み、首元を美しく飾るだろうことは想像に難くない。


「殿下……これは、少々目立ち過ぎませんか?」


「今宵の主役は貴女です。誰よりも美しく、誰よりも目を惹いてほしい」


そう告げる声は穏やかで、それでいてどこまでも甘やかだった。


「――そして、万が一のために」


殿下は微笑を崩さぬまま、声を落とした。


「例の通信機能は、この内部に仕込ませてある」


「……またですか」


私は呆れ混じりに小さく笑う。


「業務連絡も兼ねますゆえ」


「本当に、策士の極みですわね」


「貴女の周囲に万一の火種が近づけば、即座に私が動ける。今宵は国外からの賓客もおりますので」


「ええ。盤上整理のお仕事ですね」


言葉ではそう返しつつも、胸の奥がじんわりと熱を帯びていくのを感じた。


(本当に……甘いのだか、冷静なのだか)


殿下は静かに私の手元へペンダントを寄せた。


「お似合いだ。……今宵、貴女は誰よりも美しい」


「殿下……」


一瞬、私の声が揺らぎそうになるのを自覚し、慌てて微笑みで誤魔化す。


「では、参りましょう。今宵の盤上は――開幕です」


「ええ、共犯者として、お供いたしますわ」


アレクシス殿下は軽く私の手を引き、優雅に馬車の中へと誘った。

窓の外では王宮の明かりが静かに揺れている。

その先に、今宵の盤上――舞踏会の舞台が待ち受けていた。

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