20
公爵家に戻ると、侍女たちが嬉々として出迎えた。
「リディア様! 贈り物が届いておりますわ!」
「贈り物?」
案内された客間に置かれていたのは、美しく整えられた箱だった。
開けた瞬間、思わず息を呑む。
「……まあ……」
それは、深いワインレッドを基調にした舞踏会用のドレスだった。
気品と華やかさを兼ね備え、腰から裾にかけて優美な刺繍が流れている。
添えられた装飾品は、アレクシス殿下の瞳のような深い黒曜石色の宝石が嵌め込まれていた。
「アレクシス殿下より、お届けでございますわ!」
侍女たちが嬉しそうに微笑む。
「殿下のお手紙もございます」
私は添えられた短い文に目を通した。
【今宵、舞踏会で人々の視線を集める貴女へ。誰の目にも美しく映る貴女を、私が誰よりも誇りに思う。】
読み終えた瞬間、耳の奥が熱くなるのが自覚できた。
「きゃああああああ!!」
「リディア様ったら、もう完全に殿下の特別なお方じゃありませんの!」
「“私が誰よりも誇りに思う”ですって!? まるで求婚の前触れですわ!」
「これはもう、独占欲以外の何物でもありませんわね!」
侍女たちは顔を赤くしながら、はしゃぎ声を上げていた。
まるで少女たちが恋物語を読み上げているような熱狂ぶりだ。
「……皆さま、落ち着いてくださいません?」
苦笑しながらたしなめるものの、自分の耳まで熱くなっているのを誤魔化せない。
(……本当に、巧妙なお方ですわ)
冷静に整理すれば、これもまた盤上整理の一手。
――今はまだ、共犯者という立ち位置のまま。
(ええ、今は――共犯者、ですもの)
静かに胸の奥に湧き上がる熱を抑えながら、私はそっとドレスの生地に手を伸ばした。
その布は、指先に吸い付くように柔らかく、どこまでも優美だった。
舞踏会の夜が、静かに幕を開けようとしていた。