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王宮の練習用ホールに、柔らかな音楽が響いていた。

天窓から注ぐ陽光が床の大理石を照らし、まるで舞台照明のように煌めいている。


「右足を引いて、一拍遅れてから回りましょう。はい、もう一度」


私は優しく声をかけながら、サクラの手を取った。

ダンスは初歩から教えているが、サクラは真面目で覚えが早い。


「えっと、こう、ですか?」


「ええ、だいぶ上達なさいましたわ。あとは姿勢をもう少しだけ伸ばして」


男女両方のパートを踊れる私は、相手役も兼ねてステップを導く。

サクラは時折、照れたように笑いながら必死に足の運びを揃えていく。


「リディアさん、すごいです。どっちの役もできるなんて……」


「貴族社会では、ある程度は必要になりますのよ。外交晩餐会などでは、急に相手役がいなくなることもございますから」


そう微笑んで答えながら、私は軽やかにサクラを回転させる。


(……ずいぶん柔らかく動けるようになりましたわね)


その様子を、少し離れた柱陰からアレクシス殿下が静かに見守っていた。

彼は執務の合間、偶然通りかかったらしいが、視線は珍しく長く留まっている。


(……美しい)


そう思った自分に、アレクシスは一瞬、微かな違和感を覚えた。

仕事上の評価ではなく、ただ――美しい、と思っていた。


髪を揺らして微笑む彼女の姿は、王宮の光景の中でも際立って映えていた。


(……困ったものだ)


微かに唇の端を上げると、彼は物音を立てぬまま静かにその場を離れた。


* * *


ひとしきり練習が終わり、私はサクラに冷たいハーブティーを手渡した。


「お疲れ様ですわ。随分と様になってきましたわよ」


「ありがとうございます、リディアさん」


サクラは少し呼吸を整えながら、ふと表情を曇らせた。


「……あの、リディアさん」


「何かしら?」


「この間のお茶会で、少しだけ……王太子殿下とリディアさんのこと、聞きました。婚約破棄のこと……本当に、申し訳なくて」


サクラはうつむき、小さく拳を握りしめる。


「私が召喚されなければ、リディアさんは王妃になっていたのにって……思ってしまって」


私はその言葉に、静かに微笑んだ。


「サクラ様」


「はい……」


「王太子殿下との婚約は、あくまで“役割”に過ぎませんでしたの。恋愛感情などは最初から無かったのですわ」


「え……」


「先日、侍女にも指摘されて気づきましたの。私はずっと、役割として婚約者であり、王妃候補であることをこなしていただけ」


私はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ですから、サクラ様が気になさる必要はございません。むしろ、今はこうして新たな道を歩んでおりますわ」


「……リディアさん」


サクラの瞳が潤む。


「本当に……素敵です。だから、私も頑張ります!」


私は静かに彼女の手を取った。


「ええ。サクラ様なら、きっと立派に務めを果たされますわ」


陽光が窓越しに差し込む中、

静かに心の波紋が――少しずつ、穏やかに広がっていった。

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