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王宮の執務室に、静かな羽ペンの音だけが響いていた。

私とアレクシス殿下は、それぞれ机に並ぶ招待状の束に向かい、黙々と筆を走らせていた。


「……舞踏会というのは、本当に招待状の山が出来ますわね」


「これでも、王太子殿下のほうでは主要な宗教関係者の分を処理してくれている」


「まあ、それは……助かりますけれど」


私はわずかに苦笑する。

王太子殿下の人柄ならば、招待状一枚書くにも柔らかな言葉を添えていることだろう。私はそこまでの気遣いを挟む余裕はない。


アレクシス殿下はと言えば、相変わらず無駄のない筆致で書き続けている。

文字の美しさすら、彼の計算の一部のように整っていた。


「国内貴族の盤上は、これでほぼ整理が済む。問題は、国外からの参加者だ」


「まあ、外交筋からの参加希望も例年どおりに参っておりますわね」


私は目の前の次の招待状に目を落としつつ返した。

だが、次に殿下の手元に届いた書簡を見た瞬間、空気がわずかに張り詰まる。


「……」


殿下は封を切り、さらりと目を通した後、静かに報告する。


「アレスト王国が代表団を派遣したいと申し出てきた」


私は思わず筆先を止めた。


「アレスト王国……」


「隣国とはいえ、長年小競り合いが絶えぬ相手だ。王太子殿下の和平路線に歩調を合わせる姿勢を見せてはいるが――真意は測りかねる」


「また随分と、厄介な駒を盤上に置いてきましたわね」


「加えて、代表として王子本人が来る」


「……王子殿下自ら?」


「ユーリ・アレスト殿下。まだ若いが外交手腕に長け、加えて評判では随分と社交的で女性にも人気があるとか」


私は眉をひそめた。

外交問題に加え、王宮の空気まで乱しに来そうな相手だった。


「聖女礼賛派が、国外の”聖女外交”に利用する目論見を抱くのも容易に想像できますわね」


「ええ。盤上の整理はさらに複雑になる」


殿下はそう言いながらも、どこか楽しげにすら見えた。


「殿下は……本当にこういう盤上整理がお好きですこと」


「職務ですから」


「……職務というには随分と生き生きしていらっしゃいますわ」


私は小さく肩を竦めた。

けれど、その内心には既に僅かな緊張が芽生え始めていた。


舞踏会――王宮の最も華やかな舞台に、新たな火種が持ち込まれようとしている。

盤上は再び、静かに揺れ始めていた。

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