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お茶会の喧騒も落ち着き、公爵家に戻った私は久々に侍女たちと過ごしていた。

執務室とは違い、侍女たちの気遣いに満ちた柔らかな空気が流れている。


「……リディア様」


控えめに声をかけてきたのは、長年仕えてくれている侍女のミレーユだ。

普段は慎ましく控えめだが、こういう時だけ少し遠慮がなくなる。


「何かしら?」


「その、殿下のことですけれど……アレクシス殿下から、随分と色々お贈りいただいておりますわね」


そう言って、彼女の視線はそっと机の上へ移る。

そこには、先日いただいた花束と、淡い色彩の細工菓子が美しく並んでいた。


「まあ……そうですわね」


私はわずかに苦笑を浮かべる。


花や菓子だけではない。

ドレスに合わせた宝飾品や、先日は特注の髪飾りまで届いていた。


「王弟殿下は本当に、お優しくていらっしゃいますね。これだけ口説かれていて……リディア様は、いかがなのですか?」


「い、いかがと申されましても……」


思わず言葉に詰まる。


(あの方の言動は――あれは、やはり口説いているのでしょうか?)


私はふと、先日の中庭での一幕を思い出す。


『私はまだ正式な求婚を許されていない。よって今は”口説いている”最中です。』


あの言葉を思い出した瞬間、耳の奥がじわりと熱を帯びた。


「…………っ」


顔が自然と紅潮していくのが、自分でもわかった。

それを見たミレーユが、ふふっと柔らかく笑う。


「リディア様が赤くなられるなんて、珍しいですわね」


「……からかわないでくださる?」


「いいえ。嬉しくてつい」


ミレーユはそっと続けた。


「リディア様にも、大切にしてくださる方ができて、本当に良かったと思いますわ」


「……それは、どういう意味で?」


「だって……王太子殿下は――」


少し言葉を選んでから、彼女は穏やかに微笑んだ。


「王太子殿下はお優しくても、こうして贈り物をなさったり、特別にお気持ちを示されることはございませんでしたでしょう? リディア様はいつも“お務め”としてのお付き合いばかりで」


はっとする。


(そういえば……)


思い返せば、王太子との婚約期間は常に義務と役割の中にあった。

贈り物は王家の形式として受け取る物。

個人的な好意など介在する余地はなかった。


だが――アレクシス殿下は違う。


彼は役割としてではなく、私という個人を見て、贈り物を選び、言葉を交わしてくれる。

それは今まで経験したことのない、温かな感覚だった。


「…………」


胸の内に、じんわりとした熱が広がる。

それを誤魔化すように、私は小さく咳払いをした。


「……仕事の相手として、評価されているだけですわ。今はまだ、共犯者ですもの」


「まあ。共犯者でも、殿下のご様子はずいぶん楽しそうに見えますけれど」


ミレーユは微笑みながらお茶を注ぎ足した。


私はその言葉に返せぬまま、静かにカップを口元に運んだ。

湯気の向こうに、自身の揺れる心が映る気がして――少しだけ、目を伏せた。

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