17
お茶会の喧騒も落ち着き、公爵家に戻った私は久々に侍女たちと過ごしていた。
執務室とは違い、侍女たちの気遣いに満ちた柔らかな空気が流れている。
「……リディア様」
控えめに声をかけてきたのは、長年仕えてくれている侍女のミレーユだ。
普段は慎ましく控えめだが、こういう時だけ少し遠慮がなくなる。
「何かしら?」
「その、殿下のことですけれど……アレクシス殿下から、随分と色々お贈りいただいておりますわね」
そう言って、彼女の視線はそっと机の上へ移る。
そこには、先日いただいた花束と、淡い色彩の細工菓子が美しく並んでいた。
「まあ……そうですわね」
私はわずかに苦笑を浮かべる。
花や菓子だけではない。
ドレスに合わせた宝飾品や、先日は特注の髪飾りまで届いていた。
「王弟殿下は本当に、お優しくていらっしゃいますね。これだけ口説かれていて……リディア様は、いかがなのですか?」
「い、いかがと申されましても……」
思わず言葉に詰まる。
(あの方の言動は――あれは、やはり口説いているのでしょうか?)
私はふと、先日の中庭での一幕を思い出す。
『私はまだ正式な求婚を許されていない。よって今は”口説いている”最中です。』
あの言葉を思い出した瞬間、耳の奥がじわりと熱を帯びた。
「…………っ」
顔が自然と紅潮していくのが、自分でもわかった。
それを見たミレーユが、ふふっと柔らかく笑う。
「リディア様が赤くなられるなんて、珍しいですわね」
「……からかわないでくださる?」
「いいえ。嬉しくてつい」
ミレーユはそっと続けた。
「リディア様にも、大切にしてくださる方ができて、本当に良かったと思いますわ」
「……それは、どういう意味で?」
「だって……王太子殿下は――」
少し言葉を選んでから、彼女は穏やかに微笑んだ。
「王太子殿下はお優しくても、こうして贈り物をなさったり、特別にお気持ちを示されることはございませんでしたでしょう? リディア様はいつも“お務め”としてのお付き合いばかりで」
はっとする。
(そういえば……)
思い返せば、王太子との婚約期間は常に義務と役割の中にあった。
贈り物は王家の形式として受け取る物。
個人的な好意など介在する余地はなかった。
だが――アレクシス殿下は違う。
彼は役割としてではなく、私という個人を見て、贈り物を選び、言葉を交わしてくれる。
それは今まで経験したことのない、温かな感覚だった。
「…………」
胸の内に、じんわりとした熱が広がる。
それを誤魔化すように、私は小さく咳払いをした。
「……仕事の相手として、評価されているだけですわ。今はまだ、共犯者ですもの」
「まあ。共犯者でも、殿下のご様子はずいぶん楽しそうに見えますけれど」
ミレーユは微笑みながらお茶を注ぎ足した。
私はその言葉に返せぬまま、静かにカップを口元に運んだ。
湯気の向こうに、自身の揺れる心が映る気がして――少しだけ、目を伏せた。