表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/24

16

アレクシスの執務室は、いつものように静けさに包まれていた。

分厚い書類の束を前に、彼は黙々と目を通していたが――ふと手を止め、窓の外に視線を向ける。


柔らかな春の光が庭園を照らしている。

その光景の中で、リディア嬢の面影が微かに重なる。


「……殿下、少々よろしいでしょうか」


静かに声をかけたのは侍従のルネだった。

手には一冊の報告書が抱えられている。


「例の件か」


「はい。リディア嬢の過去について、可能な範囲で調査をまとめました」


アレクシスは無言で手を差し出し、報告書を受け取った。

数頁を繰りながら、眉が僅かに動く。


「……成程な」


「やはり、王太子殿下との幼少期の関係が大きいようです」


ルネの声には淡い同情が滲んでいた。


「幼い頃より共に学び、育ち――だが、常に比較の中に置かれていた。しかも、比較される対象は”王位継承者”であり、彼女に求められていたのは常に『出過ぎるな』『控えろ』『相手を立てろ』」


「……そして、その期待を忠実に守り続けたわけだ」


アレクシスの声は低いが、どこか硬さを帯びていた。


「学問も、礼法も、護身術すらも王太子殿下より秀でていたにも関わらず、誉められるより”目立つな”と抑えられ続けたそうです。結果――自分の才を認めるという発想が育たぬまま、ここまで来たのでしょう」


アレクシスは静かに報告書を閉じた。


「本来なら、誉め称えられてしかるべき才覚だ」


「殿下?」


「リディア嬢は非常に優秀だ。冷静に、理知的に、盤上を読める。外交交渉でも十分に通用するだろう。だが――本人がそれを”当たり前”として片付けている」


「逆に言えば、それが彼女の謙虚さでもあり、貴族社会で嫌味を生まずに済んでいる理由でもありますが」


ルネの言葉に、アレクシスは小さく頷く。


「それでも――」


そこで一瞬言葉を切る。

珍しく彼にしては感情が揺れていた。


「それでも、あのままでは惜しい。彼女はもっと、堂々として良いのだ。自分の価値を、自分で認めるべきだ」


ルネは静かに微笑んだ。


「殿下は、随分と熱心にお考えですな」


「……策として動くのは得意だが、こういう感情は不慣れだ」


アレクシスは僅かに苦笑を浮かべた。


「いずれ私が彼女に正式に求婚を申し出るならば、その前に彼女自身が”価値ある自分”として自信を持たねばならぬ。でなければ、また”利用されているだけ”と思い込んでしまう」


「つまり、まずは自己肯定感の是正、と」


「容易ではない課題だ」


「リディア嬢の手強さを、今ごろ実感されましたか?」


ルネの冗談に、アレクシスは静かに息を吐いた。


「……手強い。だが、面白い」


その声音に僅かに滲んだ柔らかな響きは、これまでの王弟にはなかった色を宿していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ