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一つ目の騒ぎが収束して間もなく、次の火種はすぐに現れた。


「――殿下」


アレクシスが僅かに声を落とす。

彼の視線の先、貴族の若手グループの一角で空気がざわめいている。


中央に立っていたのは、伯爵家の嫡男エドモン・カリス卿。

まだ二十代半ばの青年貴族だ。武門の家系にして、正統派貴族社会の誇りを重んじる典型的人材である。


「……嫌な予感がしますわね」


私は小声で呟いた。


案の定、エドモン卿はわずかに声を上げ始めた。


「リディア様がいなければ、本来ここで王妃の座に立たれていたはずです。異邦の聖女様に、そのお役目が果たせると本気でお考えですか?」


周囲の空気が一瞬で硬直する。

まさかの公然たる発言に、貴婦人たちが息を呑んだ。


(……やめなさいませよ)


内心で私は頭を抱えた。

エドモン卿は私に敬意を抱きすぎるあまり、ここまで踏み込んでしまったのだろう。


「聖女様は努力なさっている。ですが、この世界の厳しさを理解しておいでとは到底思えません」


サクラは困惑の色を浮かべ、視線を揺らしていた。

当然だ。こんな真正面からの批判は、事前に教えられていない。


周囲では反対派が面白がり、礼賛派が苛立ち始める。

空気が崩れる、その寸前――


「エドモン卿」


静かに、しかしよく通る声が場を制した。


アレクシス殿下が一歩前に進む。

その声に、青年貴族はわずかに身を強張らせた。


「貴殿の忠誠心と憂慮には感謝する。だが――公の場での発言としては僭越が過ぎる」


「……しかし、殿下」


「私とリディア嬢の間柄は貴族社会でも広く知られていよう。であれば、貴殿が彼女を思うのは余計なお世話に過ぎぬ。そうではないか?」


柔らかく、けれど容赦のない論理が突き刺さる。

エドモン卿は苦渋の表情で口を噤んだ。


「聖女様は、王太子殿下の御心に選ばれたお方だ。我々がその正当性に軽々に口を挟むべきではない。王宮の均衡は、それを前提に組み上がっている」


「……畏まりました」


青年は低く頭を下げ、退いた。

その背中に、アレクシスは穏やかに告げる。


「忠義の心は大切にせよ。ただし、それは正しく使うべきだ」


再び場の空気が静まっていく。


私はそっと息を吐いた。


「……殿下。見事な火消しでしたわ」


「盤上整理です」


アレクシスは僅かに微笑を浮かべた。


(……盤上整理、ね。本当にお得意ですこと)


会場は再び穏やかな社交の色を取り戻していった。

だが、こうした火種はまだ消えきったわけではない――。

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