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「……来ましたわね」


アレクシスの隣で、私は静かに呟いた。


お茶会の中盤。緊張感はやや緩みつつあるものの、火種はあちこちに転がっている。

そんな中――ついに最初のトラブルが起こった。


中央の長テーブル付近で、若い伯爵令嬢が手元を滑らせ、豪奢なティーカップを床に落としてしまったのだ。

カップは見事に割れ、紅茶が絨毯に広がっていく。


「まあ!」


「おやまあ……」


貴婦人たちの驚きと好奇の視線が、一斉に集まる。


伯爵令嬢の顔は真っ青だ。

だが――その隣に控えていたのは、先日までサクラの教育係を務めていた侯爵夫人。つまり、私たちから排除された旧反対派の一員。


(なるほど。事故に見せかけた小細工、ですわね)


侯爵夫人は穏やかな顔を保ちつつ、すでに令嬢を小声で追い詰め始めていた。


「まぁ大変。若い方は落ち着きが足りませんわね。サクラ様もさぞお困りでしょう?」


ちらりと、聖女サクラの方へ目を向ける。

案の定、サクラは慌てた顔でオロオロしていた。


(ここで聖女殿下が拙い対応をすれば――“やはり王妃には未熟”という印象をさらに植え付ける狙いですわ)


すかさず私は軽やかに歩み出る。


「まぁまぁ、侯爵夫人」


微笑を浮かべつつ、私は令嬢の肩に手を添えた。


「お怪我がなくて何よりですわ。こちらはすぐ侍従が新たな絨毯を用意致しますので、どうぞお気になさらず」


合図とともに侍従が動く。

予備の敷物と入れ替えが進められ、周囲の騒ぎは自然に収まっていく。


さらに私は続ける。


「失敗は誰にでもございますわ。ですが、サクラ様が事前に”多少の粗相は慌てず微笑んで受け流しましょう”とお稽古で教えてくださいましたの」


「え……あ、はいっ、そうです!」


サクラがすぐに頷く。

侯爵夫人の口元がわずかに引き攣ったのを、私は見逃さなかった。


「サクラ様のお心の広さには、皆様も感心されますでしょう?」


「ええ、さすが聖女殿下ですわね」


貴婦人たちの視線が再びサクラへと戻る。

用意された一斉の賛辞が、場の空気を穏やかに包み直していく。


私はそっと息を吐く。

小さな火種は、無事に鎮火された。


「見事な采配です」


隣から低く囁くアレクシスの声が聞こえた。


「慣れておりますわ。王宮の舞台裏はいつだって、こういう駆け引きの連続ですもの」


「――残念ながら」


二人で交わす苦笑は、どこかいつもより軽やかだった。

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