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王宮の中央大広間。
本日、ここに各派閥の貴婦人方、貴族令嬢、廷臣たちが一堂に会していた。
聖女サクラの正式お披露目も兼ねた、盛大なお茶会である。
私はアレクシス殿下の腕を取り、ゆっくりと会場へと入場した。
「貴女のエスコート、光栄です」
「ええ、殿下。共犯者として、頑張りますわ」
小声で交わす言葉は平静を装っているが、互いに緊張感は共有していた。
今日の盤上は、表面上は社交、内実は派閥の腹の探り合い。些細な失策が波紋を生む。
案の定、すでに会場のあちこちで静かな火花が散っていた。
「まあ、やはり並ぶとお似合いですわね」
「王弟殿下がリディア嬢をここまで庇うとは。婚約破棄を経て、むしろ以前より目立っているとは皮肉なものですわ」
「それにしても……聖女殿下は、努力はしておいでですが」
「ええ、所詮付け焼き刃。王妃の器にはまだ遠いでしょう」
聖女を支持する礼賛派の夫人たちすら、わざとらしい微笑を浮かべながら、こうした囁きを重ねていた。
表向きは応援しているように見せながらも――裏では、聖女が”支えが必要な未熟な存在”と印象付けるのが、むしろ彼女たちの狙いなのだ。
(……神輿は軽い方が扱いやすい、というわけですわね)
私は内心で皮肉を吐きながらも、冷静に状況を観察していた。
一方のサクラは、緊張しつつも必死に作法を守ろうと努力していた。
所作は以前より格段に改善されている。だが、それでも細かな部分の違和感は拭えない。
「お茶のお味は如何ですか?」
「とても美味しいです! えっと……このコーヒー、ですよね!」
その言葉に、礼賛派の婦人たちが微笑を深める。
「まあ、異国のお飲み物にも精通なさっていらっしゃるのですね」
一見優しく、しかし細く針を刺すような言葉が続く。
(……本当に、この方たちは意地が悪い)
私は内心で溜息を吐く。
だが、これも想定内だった。問題はここからだ。
「リディア嬢、左奥を」
アレクシスの目線に合わせて見ると、侍女が貴婦人のドレスに紅茶をこぼしかけていた。いや、偶然を装った故意だろう。
「まあ、大変。すぐに控え室をご案内いたしますわ。予備の衣装もご用意しております」
事前準備のおかげで、私は即座に介入できた。
次いで別の騒ぎが起きる。
菓子皿に小さな欠けが発見されたのだ。
「既に交換の用意を。ご不快な思いをおかけし、申し訳ございません」
こちらも侍従がすぐに動く。
全ては、あらかじめ予測し尽くしていた妨害だった。
「……嫌になりますわね、まったく」
「これも盤上整理の一環です」
アレクシスは相変わらず冷静だが、わずかに唇の端が上がっている。
本当に――策士というのはこういう場面で妙に楽しそうになる。
「殿下。次はどの手が参りますことやら」
「一通りの妨害は出尽くした感があります。あとは――“空気”の制御です」
アレクシスは囁く。
「礼賛派は聖女殿下を表向き支持していますが、同時に”我々が支えねばならぬ存在”と印象付けたいのです。つまり、程よい不安定さが必要だと考えている」
「なるほど。あちらも盤上で綱渡りをなさっているのね」
「ええ。貴族社会は常に利得の天秤で揺れております」
静かな火花の中、お茶会は慎重に進行を続けていた。
私は静かにカップを傾けながら――次の準備に思いを馳せ始めていた。
盤上が一段落すれば、いよいよ舞踏会が控えているのだから。