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魔物退治 ◇ 1 ◇

「おい、お前、この道を行くのか」

「ええ、地図にはこの道をまっすぐに行くようにって」

「あの不動産屋、とんでもねえ野郎だ」

「どうして?」

「お前、聞いてねえのか?」

「何をですか?」

「出るんだよ」

「何が出るんですか?」

「何かが」

「たたただの噂でしょ。ぼぼ僕はそんなの信じません。前世でも出たとか見たとかいう話はいっぱいありましたが全部嘘でした」

「ここはお前がいた世界とは違うんだ。幽霊もいればアンディッドもいる。魔犬も魔獣もドラゴンも……」

「…………」

 街を出てしばらくすると人気がなくなり森へと入る。

 広かった道も狭くなり、歩を進めるにしたがって鬱蒼(うっそう)としてくる。

 いかにも何かが出そうな雰囲気だ。


 ガルディがいなければ恐怖に(おのの)くところだ。

 ガルディを雇ってよかったと思った。

 ふと気になって振り向くと……ガルディの姿がない。


——嘘っ。逃げた?——

 と思ったら、はるか遠くの方からとぼとぼとやってくる。


「なにぐずぐず歩いてるんですか。日が暮れちゃいますよ」

 ガルディが遠くの方で何か叫んでいる。

「この森には魔物が出るんだって」

「ぼぼぼぼ僕は信じません」

「信じなければ出ないとでも思っているのか? 噂ってのは結構あてになるもんだ」

「だったらガルディさんが退治すればいいでしょ。そのための用心棒でしょ」

「退治できるような魔物じゃねえんだ。実体がねえんだ。どんな名刀でも斬れねえんだ」

「とにかく早く来てください」


 ガルディが周囲の様子を(うかが)いながらとぼとぼとやってくる。

 自慢の尻尾もとぐろを巻いて背中に張り付いている。心理状態は結構わかりやすい。


「しっかりしてください。用心棒なんですから」

「ここに出没する魔物はな、悪霊のような魔物でな、取り()かれたら最後、気が触れて死んでしまうそうだ」

「なんで早く言ってくれなかったんですか」

「そんなこと言えるわけねえだろ。俺、ガルディ様だぞ」

 何だかちぐはぐだ。

「あの村へ行くには他の人はどうしてるんですか」

「この道は通らねえ。遠回りして別の道を通る。だが、三倍はかかる」

「ではどうするんですか?」

「命が惜しけりゃ戻った方がいい」

「ではそうしましょう。ガルディさんがそれほど恐れるのなら僕にはどうすることもできませんから」


 俺たちは今来た道を引き返すことにした。


 引き返そうと踵を返したとき、ガルディが叫んだ。

「ああ、遅かった。やっぱり噂は本当だった。出やがった」

 ガルディは俺の背後に何かを見つけた。

 俺は振り返った。

 そして見上げた。巨大な影が俺とガルディを見下ろしている。


——なるほど、これではガルディがいかに屈強な戦士といえど戦える相手ではないな——

 黒い煙のような、影のような形はあるけど無いような……。


「どうするんですか?」

「逃げるしかないだろ」

 言い終えないうちにガルディは駆け出した。

「本当に逃げるんだ……」


 早い。

 猛獣のような速度でたちまちその背中は小さくなった。

 置いてかないで……。


 しかし、俺はなぜか恐怖というものを感じなかった。

 何か違うと思った。

 殺意とか悪意とかを一切感じなかった。

 これは魔物ではないとそう感じた。


 では何か……。


 寂しさとか悲しみ、そのような類の強い念が具現化したもののような……。

 俺はその巨大な影の前に立つと見上げた。

 その影は俺を見下ろしていた。

 視線がぶつかり、しばらく見つめあった。

 襲ってくるような気配はない。


 やはりそうだ。

 影は、俺を誘うかのようにゆっくりと移動を始めた。


——この影は俺をどこかへ導こうとしているんだ——


 この影を操る母体が近くにあると思った。

 俺はその黒い影を追った。

 影は俺がついてくるのを確認しながら森の奥へと進んだ。

 しばらく行くと小さな荒れ果てた小屋があった。

「なんだ、このぼろい小屋は?」

 ガルディが様子を見に戻ってきた。

 もう何十年も放置されたような崩壊(ほうかい)寸前の小屋だ。

「この中からさっきの魔物の妖気が漂っています。入ってみましょう」

「お前、妖気を感じるのか?」

「わかりません。自分でもまだ自分の能力がわかってませんので」


 俺は朽ち果てたドアをどかすと足を踏み入れた。床が腐って踏み抜きそうだ。


「ガルディさんは外で待っていてください。床が壊れそうです」

 ガルディの屈強な体には耐えられそうにないと思った。

 屋根がところどころ穴が開き、明かりが漏れるが部屋全体を見渡すには少々時間がかかる。

 目が慣れると部屋の状況がわかった。

 ここは狩りや農作業の準備をするための作業小屋だろう。

 朽ちて雑然とした家具やテーブルの向こう側から妖気が漂う。

 なにかが瓦礫(がれき)に埋もれている。

 俺は近づくと手早くそれを掘り出した。

 出てきたのは骨だった。

 何らかの獣のようではあるが俺には初めて見る形状の骨だ。

 俺は、その骨を手に取り、じっと見つめた。

 すると骨の記憶が俺の心の中に映像として再現された。

——これが俺のスキル?——


 俺は骨を掻き集めると手持ちの袋に詰め込んだ。


 外では暇を持て余したガルディが剣を振り回している。

「どうした。何があった」

「骨を見つけました」

「骨なんて珍しくもなんともねえな」と言いながらも俺が手にした袋の中を覗き込んだ。

 ガルディは頭蓋骨を見るなり言った。

「これはデザトウルフの骨だな」

「デザトウルフ?」

「この周辺の人々が狩りに同行させる勇敢で忠実な原種の姿を残した狼だ」

「あの魔物の正体がこれですよ。これがご主人を待っていたんです。90年もの間。狩りの途中でご主人が急用を思い出したようで、村へ一旦戻る時、ここへ残されたそうです。ご主人の名前はニコラウス・シュナイダー。腕のいい猟師だったそうです」

「お前に、そんなことがわかるのか?」

「ええ……なぜかわかるんです。これが僕のスキルなのかな」

「そんなことは俺にはわからんが、わかるのならそうなんだろう。この狼、捨てられたって可能性もあるんじゃねえのか、その恨みか?」

「それはないと思います。弓と矢が残されていました。猟師が命の次に大事な物を取りに戻らないことなどないはずです。帰ったときにご主人に何かが起こったんですよ。たぶん」

「確かにそう考えると納得できるが……で、その骨をどうするんだ。骨スープの出汁にでもするのか? ちょっと古すぎやしねえか」

 俺は憮然(ぶぜん)としてガルディを(にら)んだ。

「冗談だよ。デザトウルフのスープなんて聞いたことねえ。まずそうだ」

「ご主人のところへ返してやろうと思っているんです。ちょうどこれから行く村シュバイゲンらしいですから」

「お前って、おめでたい奴だな」

「僕って、もともとこんな人間じゃなかったんですけど」

「転生して変わったのか? それともお前自身が本当の自分を知らなかっただけかもな」


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