空っぽの少女
──なぜ、あの時、あの少女の前に立ったのか。
レイ自身にも、それは曖昧なままだった。
契約対象を探していたのは確かだ。
人間の心の隙間に入り込み、魂を代償に願いを叶える──それが悪魔の仕事だ。
だが、その夜。
レイの足は、ある一室の前で止まった。
人工的な灯りも、音もなく。
閉ざされた窓の向こうには、ひとりの少女がいた。
「……つまんねぇ顔してんな」
感情のない目。整った顔立ちが、むしろ壊れた人形のように見えた。
だが、その奥にある、わずかな“生”が、レイの胸をかすかに打った。
「――お前、まだ壊れてねぇな」
彼女は眠っていた。
口元に言葉はない。手足も動かない。
それでも、その胸の奥底に、かすかな光が残っていた。
その後、日が経ち、彼は確信した。
澪は、誰にも必要とされていないと感じていた。
価値のない存在。いなくなっても誰も困らない。
そう思い込むほどに、彼女は生きることを投げていた。
レイはその夜、他の契約対象をすべて切り捨てた。
そして少女――澪の前に現れた。
「お前の願い、俺が叶えてやろうか」
最初にかけた言葉は、それだけだった。
それが、彼と澪の始まりだった。
自分から声をかけた。なのに帰ってきた返事に思わず驚いた。
「俺の声に、ちゃんと反応した」
そのとき、レイは驚いたのだ。
ただの興味だったはずが、彼女の視線や小さな反応に、心がざわついた。
その夜──
澪の心の中で、微かに灯った思い。
それをレイは、知らぬ間に“感じ取って”いた。
『この人になら、心臓をあげてもいい』
そんな言葉を、彼女は心の奥で囁いていた。
レイはその意味を理解するより速く、ただそのとき、胸が熱くなったのを覚えている。
「……めんどくせぇな。なんだこの感情。なぜかお前をほっとけない」
彼はまだ、それが“恋”といえるものだとは分かっていない。
だが、他の誰にも向けたことのない執着が、確かにそこにはある。
澪が自分を必要としてくれること。
何より、あんなにも空っぽだった彼女の中に自分の力で“生きようとする意志”を生まれさせることができたこと。
それが、レイをこの世界に縛りつけている。
「俺は、お前のそばにいる」
永遠に、なんて言葉は使わない。
ただ、今この瞬間だけは――彼女を“唯一”に決めたことを、誰にも否定させない。
ほんとこうずしんとした筋がなくてすみません…。
読んでくださった皆様、評価ポイントをもらえるとうれしいです…。(強制ではありません)