プロローグ
心臓が――初めて、本当に脈打った気がした。
それは、生まれたときでも、初恋をしたときでもなかった。
“あの夜”だった。
意味もなく心臓を動かす、色のない世界の中で、私が"彼"に出会った瞬間。
*
世界なんて、壊れてしまえばいい。
そう呟いたのは、深夜2時。
寝る意味も、明日を迎える理由も、私にはもうなかった。
部屋の中は無音。家族は誰も起きていない。
私の存在に気づく人間は、この地球上に一人もいないんじゃないかって――そんな錯覚すら、心地よくなっていた。
「私が生きてる意味って……あるのかな……」
呟いたそれは、祈りでも希望でもなかった。ただの、音。
けれど次の瞬間、空気がねじれた。
「お前の願い、俺が叶えてやろうか」
聞こえた。はずのない、誰かの声。
驚いて起き上がると、部屋の隅に“男”がいた。
闇にとけこむような黒い服、満月のように輝く金の瞳、どこか笑ってる口元。
知らない、けれど――一度見れば忘れられない神に祝福されたかのような顔。
「誰……?」
「悪魔。名乗るのは後だ。まずは取引の話をしようぜ」
「……取引?」
「お前、生きる意味が欲しいんだろ?なら、俺が与えてやる。お前にしかできない、確かな役割を」
「……役割?」
「そう。お前は、生まれてからずっと“誰の何にもなれてない”と思ってるだろ」
ドクンと胸が鳴る。
その通りだった。
「悪魔」という非現実的な存在を無視できるほどに私は動揺していた。
「だけどな、人間ってのは誰かの“必要”になるだけで、劇的に変わるもんなんだよ」
悪魔は、私の前にしゃがみ込んで目線を合わせた。
その瞳は、どんな教師よりも、大人よりも、真っすぐだった。
「その代わりお前は俺のものになる。俺にしか頼れない存在になって、生きる。孤独も空虚も、俺が埋める」
私は言葉を失った。
怖いのに、震えるほど欲しかった。
“誰かのために必要とされる”こと。
「……本当に、それをくれるの?」
「ああ。お前は俺の“契約者”になる。俺にとって代わりのいない唯一になる。ずっと一緒だ」
悪魔にとってのメリットが見当たらないその取引。
「ほんとにいいの……?私なんかが唯一なんて」
「なんだ、俺じゃ不満か?」
そんなわけない。でも「孤独も空虚も埋める」そんな約束がいつまで続くかわからない。一度持ち上げられてまた落とされるくらいなら。
「ここまで俺は真実だけを述べた。悪魔の言うことなんて信用できないかもだけどな」
一人じゃないと思えた。「唯一」「ずっと一緒」その言葉が、何より重かった。
「私は、生きる意味が欲しい、」
悪魔は不敵に笑って、私の胸元に手を当てた。何か不思議な力で胸が満たされた気がした。
「これで契約成立。お前はもう、俺のもんだ」
そっと私のほほに触れるその指先は思っていたよりあたたかくて、
初めて、誰かに“生きていい”と言われた気がした。
「貴方の名前は?」
「レイ。覚えとけよ。お前がこれから、一生縛られる名だ」
私は頷いた。怖いほど自然に。
その夜、私の心臓は誰かの“役に立つ”ものになった。
それがどれほど危うい恋の始まりかなんて、知らなかったけど。
読んでもらえたら感想と評価をしてもらえると嬉しいです!
面白い・続きが気になると思っていただけたらブックマークも登録してくださるともう感謝感激です!