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三題噺もどき4

七月の朝

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくご。

 




 ベランダに出ると、まだ明るい空が広がっていた。

 太陽は沈みつつあるうえに、雲があるからそこまで眩しいということもないが。

 さすが7月と言うべきか……吹く風は嫌に暑く、心地のいいものではない。

「……」

 夏用のカーディガンを羽織ってきたが、それでも尚見えないはずの太陽の日差しが肌に刺さるように感じる。雲が浮かんでいるから、カンカン照りの日に比べたらマシではあるが。生地が薄いから仕方ないのかもしれないが……UVカットと化してくれるやつにすれば変わるのか?

 秋冬辺りは、そんなこと全くないのに。冷たい風に刺されはするけれど……。この国はほんとに、月によって季節によって、何もかもが変わっていくから面白い。

「……」

 そもそも、この時間でこの明るさであの位置に太陽があれば、普通に灰にされてもおかしくはない……吸血鬼だから。太陽なんて、吸血鬼殺しには持ってこいのような存在だ。

 銀の弾丸と杭と太陽は、吸血鬼にとっては忌避すべき三拍子だ。

「……」

 しかしまぁ、私は色々と仕込まれたと言うか、なんというか……。

 他の同族とは比べ物にならないくらい、そういうのに疎いし鈍いし、耐えられる。

 強くはないのだ、決して。そいう慢心は抱いてもいいことはない。

 気を抜けば私だって太陽の日で灰になるかもしれないし、銀の弾丸で死ぬかもしれないし、杭を打たれればそれまでかもしれない。

 分からないけれど。

「……」

 あるかもしれない可能性は、常に忌避しておくべきだろう。

 一応、面倒事は片付けたけれど、何があるかわからないからなぁ……。

 あれ以降、特に変なものは来ていないし、動きもないのだけど。

 まぁ、何にしても、夏場というのは吸血鬼には向いていないから、動きはないだろう。

 と、踏んではいるが……どうだろうな。

「……、」

 ふ、と。

 思いだしたように、手に持っていた煙草の箱を開ける。

 最近、今まで通り、起きてすぐにこうしてベランダに出ては来るが、次の動きに移るまでに少々時間が掛かる。陽に慣れるためにではあるだろうけど……。

 多少鈍いとは言っても、太陽はあまり浴びるものではないのかな……健康にはいいと言うが、私の健康にはよくない。それもそうだ。

「……」

 口に咥えた煙草の先をライターで焙る。

 昇る煙は、明るい空へと消えていく。

 生ぬるい風が頬を撫でて、遠くでブランコの揺れる音が聞こえる。

「……」

 眼下に広がる道路には、道行く人間が数人ほど。

 上着を腕にかけたスーツ姿の人間は、何か急ぎ足でかけていく。

 犬を連れたご老人は、ゆっくりと歩いていく。

 ボールを持った子供は、他の子どもたちと別れて、それぞれ帰路につく。

 制服を身に着けて、何かを見ながら歩く少年少女は、どこか不安に揺られながら歩いていく。

「……」

 それぞれがそれぞれの生き方で、この道を歩いていく。

 毎日が幸せに溢れていて、何も怖いことなんてなくて、全てが順風満帆に進もうとしている人間もいれば。

 毎日が不安で、つらくて、今すぐにでも死んでしまいたいと思いながらも、それができずに更に苦しんでいるような人間もいて。

「……」

 彼らの人生は、私にとっては知ったことではないし、どうでもいいことでしかいないのだけど。

 いつか来る最後を知っていても知らなくても、それでも何かの度に足掻いて、のし上がってくる人間の人生は見ていて羨ましいとすら思う。

「……」

 私は、吸血鬼とう存在で、そうであるだけで死という概念が薄いのに。

 更に仕込まれたせいで、その概念がなくなっているから、足掻こうとも思えないのだ。

 生きるのに疲れたから死のうとする吸血鬼なんて、何千と見てきた。

「……」

 私が、死にたいと思わなくなったのは、アイツが居たからだろう。

 あの家から抜け出して、追われる身になっても尚、そばにいてくれたからだろう。

 そんな事言うことはないけれど。

「……ふぅ」

 残った煙草を灰皿に押し付けて、少し伸びをする。

 今日も食事をして仕事をして、生きるために、生きなくては。





「……よくあの下で煙草が吸えますね」

「……ん?」

「体に悪いですよ」

「まぁ、そうかもしれんが……日課だからなぁ」

「……煙草も結局やめないし……」

「……」











 お題:不安・つらい・三拍子

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