新しい魔法の開発とピリピリ種の揚げ鶏(4)
さてさて、いい加減調理を再開しよう。
ピリピリ種をまぶして冷やして、少し待つ。この待ち時間の間に衣を作る。スプーン1杯の小麦粉にカップ1杯の水を合わせたバッター液と、まぶすための小麦粉を別々でボウルに用意する。それだけ。
キャベツを塩揉みしだしたシオンちゃんの方にも気をやりつつ、揚げ油を温める。さっきからナバーがレティセンに教わりながら油を冷やす魔法を練習していたおかげで、そこそこ油は冷えている。まぁ肉の漬け込み時間を稼いでいると思えば、特に気を悪くしない。アイツらの魔法の可能性が広がることは、アイツらの命を守ることに、ついでに俺の弟子が増えることに繋がるからな!
熱属性魔法らしく油を温めて、魔道竈の火加減を見る。直前で思い出したんだ。今日の揚げ物は、最初は低い温度で揚げるって。
瞳孔を少し縦長にしたリーリオが鍋を覗き込んで、一度大きく頷いてから微笑んだ。
「若いオレンジ色。ベストだよ。良い温度感覚だ」
「さすがだろ?」
伊達に15年も自分の魔法と向き合ってないからな。まだまだ奥深そうで飽きないな。
俺も満足して笑っている後ろから、ナバーが「冷やし直したぞー」と声を上げた。振り返ると、ボウルを持っていたのはレティセンだった。
「レティセン先輩が、だけど」
「……凍らせてはいけないと条件を付けられると、途端に緊張しますね」
お前らは本当に修行に貪欲だな。師匠として鼻高々だわ。
ピリピリ種をまぶして冷やされた鶏肉を、皮を広げて大きくする。それをトングで持ち上げて、小麦粉液に浸す。裏表に浸けるくらいで引き揚げて、液垂れが大人しくなったら小麦粉のボウルに入れてまぶす。それからトングを持つ手の手首を軽く叩いて、その衝撃で肉に付いた余分な粉をぱふっと落とした。
粉が薄くついた鶏肉を、温めた油の海へ静かに、奥に向かって流すように入れた。いつもよりずっと低い温度だからか、肉は底に沈んで浮かんでこない。
「お、おいリーリオ、大丈夫かこれ。油漬け鶏にならねぇか!?」
「大丈夫だって。3回は練習したから」
「信じるぞ……?」
この会話の間もまだ、泡が大人しいぞ? 不安がりながらもあと2枚、薄く衣を付けた鶏肉を油の海へ入れた。あ、1つ目のがやっとブクブクしだした。
「そう言えばリーリオぉ。なんで肉を冷やしたんだ? 美味しくする為って言ってたけど、具体的に何の効果があるんだ?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
言ってたような、でも忘れたな。冷やす訓練が出来るってトコに意識が向いてた。ナバーがそういえば、な質問をしてくれたから、揚がるのを待ちつつリーリオの返答を待った。
「肉を冷やしてもらったのは、水分を逃がさないようにするためだよ。研究の結果、低温の油で揚げる時には冷えてた方が、肉汁がより残ったんだ」
「へー、温度差が無い方がいいもんだと思ったけど、そうじゃないんだー」
「私自身もよく分かってないんだけどね。5分揚げても、火は通ってても表面は白いし、油はちょっと染みるから衣はムニムニした状態だしね」
「本当に大丈夫なのかソレは」
「いつもの温度で2度揚げするから大丈夫だって。それに、質の良いオリーブオイルは、美味しいだろう?」
「そりゃ、そうだな」
封を切ったばかりのオリーブオイルでだけで出来る贅沢、といったところか。そもそも揚げ物は贅沢なんだけどな。
衣を付けた鶏肉を入れては5分じっくり揚げ、まだ衣が白い肉は油切り用の網バットに置いて待機させる。
油の温度管理は結構大切みたいで、リーリオに何度か油を冷やすように命令された。こりゃあ、俺がこの揚げ方をサポート無しで出来るのは、当分先だな。そのくらいシビアだわ。
持ち帰らせたり、明日の俺の昼飯にするのも兼ねて、肉は30個揚げた。休ませた肉を、またこれから高めの温度で揚げていく。前にシオンちゃんが魚の素揚げをしてくれた時も2度揚げだった。あれは頭の骨までバリバリ食べる為に高温で長時間だったけど、今回はいつもの温度で2分。今はムニムニしてる衣をカリカリに揚げ固める工程だ。
余熱で中まで火が通っているだろう揚げ鶏は、熱した油に入れられると少しだけ間を置いて泡を吹き出し、姿が隠されていった。
その泡が落ち着いて、衣がこんがりと美味しい茶色に色付いたら、揚げ上がり!
大皿に金網を置いて、その上に今日食べる分、1人前4つと仮定して20個を山のように盛り付けた。迫力あるな。
シオンちゃんが中心に作ってくれたマヨネーズ和えの野菜サラダもサラダボウルに移し替えたら、完成だ! 食事カウンターの用意が出来たら、いただきます!
カリカリッ サクッ ぷりっ じゅわわ~!
「ん~! アブラうっま!」
しっかり揚げたおかげで持ったら分かるサクサクの衣! それを噛み破ると弾力がありつつ、柔らかく噛み切りやすいもも肉が現れる! その淫繊維や川の間から肉汁とアブラが溢れてくる! 鶏肉自体の旨味を塩とピリピリ種がしびれと爽やかさで引き立てていて……!
「うっめぇ!」
「溺れちゃいそうなくらい肉汁たっぷり!」
「頑張ってすり潰したピリピリ種の存在感もある! 苦労した甲斐があるぜ!」
「……塩味とピリリとした刺激と、どこか甘さを感じる風味が、もも肉の味の輪郭をはっきりさせている。粘り強く細かく挽いて良かった」
「薄い衣も食感が良いね。外と仲で食感にギャップがあるのが楽しいよ」
各々、ピリピリ種の揚げ鶏を食べての感想を口にする。するってぇか、皆めっちゃ喋るな。俺うっめぇしか言ってない。
ピリピリ種を頑張って引いてくれた弟子2人に感謝を述べつつ、ボウルから取り分けて置いたサラダをスプーンで頬ばった。
「おぉ!」
シオンちゃんが作ってくれたのは塩揉みキャベツとニンジンを刻んでマヨネーズで和えたサラダ。レモンも搾ったのか、見た目に反して酸っぱくて、口の中がさっぱりした。生のキャベツやニンジンの食感もシャキシャキ、カリポリ言って楽しい。揚げ鶏との相性が良いサラダだな。
「シオンちゃん、これ美味しいよ」
「ふふっ、ありがとう。これもリーリオから教わったレシピなの。プロのレシピはやっぱり違うわね」
「確かに教えたけど、ほぼ口伝えだったのを美味しく仕上げたのはシオンの腕だよ」
「リーリオの伝え方が良かったのよ」
あークッソ、まーたリーリオ、俺が居ない内にシオンちゃんと会っていやがって。仕方ないって分かってんのに、嫉妬が止まらないんですけど。




