新たな環境とバジルソースのトンカツ(5)
自分のカツは自分でカットして、盛り付けて、各自皿をカウンターに持っていった。プレースマットにはレモン水の入ったグラスが新たに乗せられてる。仕事が早いなリーリオ。よし、氷を入れよう。ほれ。カランカラン。
最後に火の元を確認して、安全が確保できたら、いよいよ夕食の時間だ!
「これが、お貴族様の、領主様の食べる料理……」
「すごいよな。それが俺ら平民の前にあるぜ」
「フェルティくんと結婚して良かったー!」
「今それ言う?」
「ははは! 素晴らしいものが出来上がったね。さぁ、召し上がれ!」
カウンターの一番右の席に着くリーリオに促され、いただきますと命に感謝してナイフとフォークを手に取った。
美味しい部分だけ楽しませてもらって調理したカツは、美味しい茶色にしっかり染まっていて、端の一切れにナイフを入れるとサクッと音が立つ。そうして一口大に切ったカツを、まずは何も付けずにいただいた。
「!おぉ……」
衣がサクサクなのは変わらないが、火がしっかり通ってる分、食感はしっかりしていて噛み切りやすい。そして噛むたびに広がる豚肉の脂の甘さと、それを引き立てる塩。牛カツとは違う味わいで、これもまた良い!
次の一切れにはバジルソースを付けて、一口。おお! 強い! ニンニクの刺激やチーズのコクもあれど、バジルの風味がオリーブオイルに乗って鼻に抜けていく。けれど脂の甘さを消すほどのものじゃない。
「おいしい! トンカツも美味しいわね、フェルティくん!」
「うん。これも好きだ、俺」
右隣に座るシオンちゃんが目を輝かせて笑う。その笑顔でまた食欲が湧いてくるな! っと、レティセンにも感想を聞くか。
「どうだ、レティ、せ……」
「…………」
俺の左隣に座るレティセンは、恐ろしく目をかっ開きながら、一切れ目をゆっくり、もぐもぐ噛み締めている。……驚いているようで、なにより。
「目が乾くぞ」と顔の前で手を振ると、覚めたように目を瞬かせて、こちらを見た。
「……こんな食いモンが、この世にあったんだ、ですね」
「そうだな。俺も先月はそんな反応だったわ」
「冒険者を辞めて良かったと思う日が来るなんて……」
「そんなにか!?」
いや確かに、稼ぎは減ったろうが安定し、火傷で引き攣る皮膚で無理しなくていいし、上達するか分からん修行をしたら、月一で、タダで、プロの揚げたカツが食べられるんだ。第二の人生としては良い思いをしてる方だな。
「ふはっ、弟子募集のクチコミ、よろしくな」
「……取り分、減らないですか?」
「肉を増やすに決まってるだろ」
んな“他人に教えたくない穴場の飲み屋”みたいなことすんな。安心してくれ、俺は弟子を増やしたいんだぞ。シオンちゃんとのふたりの時間を増やすための投資としてな!
そんなやり取りの後は、ただトンカツに向き合った。
包丁で切ったままの大きな一切れを頬張り、甘い脂が残る口にキャベツを追いかけたり。
若取りとうもろこしと重ねて食べて、食感からして別々に食べた方がいいなと思ったり。
カットしたパンにソースと共に乗せて食べて、悪くないなと評価したり。
ふと飲んだレモン水がさっぱり酸っぱく美味すぎてびっくりしたり、添えたレモンを搾ってかけたカツが最高でひっくり返りかけたり。
「ごちそうさま」
気付けば、皿の上はすっからかん。身も心も満たされている。最高の夕食だった。
キャベツとの相性がいいのが、良い発見だったな。口の中の脂がさっぱりするのと、冷ましてくれるから次の一切れに行きたくなる感じがする。蒸し野菜たちは甘くてしょっぱいカツの休憩にいいが、キャベツは味がほぼないのもあって食が進むのかもしれない。
これを、週に1度以上はシオンちゃんと楽しめるなんて。贅沢な生活だ。え? レティセンは月に1度なのに? 弟子がそんな贅沢覚えちゃダメだろ。未来のお前らが居ない隙に楽しむわ。