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新たな環境とバジルソースのトンカツ(4)

 カツが揚がる様子を眺めていると、蒸気を感じて、向こうの竈で野菜を蒸していたことを思い出した。慌てて蒸し器のもとに帰って、無事蒸しあがったカボチャたちを皿にあけた。


 その後は細々としたことを済ませていく。

 粗熱を取るために弟子候補のレティセンに風を頼んだり、竈の薪を火消し壷に入れて消火したり。

 浸したばかりの千切りキャベツの水を冷水にしたり、水切りしたり。

 盛り付ける皿の用意やカウンターにプレースマットを4つ敷いて、その上にナイフとフォークを1セットずつ並べたり、かったいパンをカットしてカゴに盛ったり。


 こういうことにも慣れていかねば、考えていかねば。未来の弟子たちの為に。レティセンのような、年上の弟子も満足できるように。


 ……師が20歳って、やっぱり若すぎるんだろうか。レティセンも、一回りも年下だけど立場は上の俺に敬語を使おうと、言葉を詰まらせるもんな……。誠実な男だ。


 小さくため息を吐いてから厨房に戻ると、最後のカツが揚がっている最中だった。


「フェルティくん、カウンターの用意ありがとう。これから最後のカツを取り上げるんだけど、フェルティくんやる?」

「え? そんな特別な体験なのか?」

「うん。なんかね、トングで持ち上げるとジジジーって感じで振動するの。ね、持ってみて!」


 振動か。水って震えると熱を持つからな。肉汁が肉の中で暴れまわっていて、それが揚げ上がりの合図の一つになるのか?

 シオンちゃんに持たされたトングをカチカチと鳴らしてから、油の中の美味しい色をしたカツを取り出した。


「あぁ、本当だ」


 サラサラと油が流れ落ちるカツから、トングを通して細かい振動が伝わってくる。


「……あぁ、沸騰してるのか! 水より高く温度が上がってそうだもんな、揚げ油!」

「そういうこと!?」


 その後、リーリオに指示されて油を切って、トレーとセットの油きり網にカツを乗せた。どこか機嫌のいいリーリオが口を開く。


「さぁ、そろそろ1枚目のカツを切るよ! 揚げた人だけが聞ける音を楽しんで!」


 こちらの期待を高めるリーリオは作業台の上のまな板に最初のカツを乗せると、一昨日俺がよく研いだ包丁を持ち、カツに刃を添えた。


 ザッ、ダン! ザクッ!


「「おー!」」


 衣に刃を入れてから、一気に押して切られたカツ。リズミカルに一定の幅でカットされるたび、茶色のパン粉がサクサク音を立てて少しだけ飛び散っていく。

 リーリオは最後に、六切れになったカツの真ん中の一切れを、断面が見えるように返してくれた。あの日の牛カツとは違って、豚肉にはしっかり火が通って白くて、肉汁で断面がきらめいていた。


「うまそう……!」

「ふふ、そうだろう? さぁ、盛りつけだ! レティセン、センス良くキャベツたちを盛り付けたかい?」

「元冒険者の御者に求めすぎだぞ」


 肩を竦めたレティセンが寄せてきた陶器の平皿には、こんもりキャベツに蒸したカボチャ、ニンジン、若取りとうもろこしが添えられている。俺が盛ってもこんな感じになりそう。


「キャベツをふんわり乗せてて最高だ! さぁ、お手本替わりに1皿目を仕上げてしまおう!」


 リーリオはそう言うと、バジルソースの入った瓶をレティセンに渡して、自分は包丁を使ってカツを皿へ移した。


「……ふんっ」

 バコッ!

「ありがとう。頼もしいね、レティセンは」

「これくらい、どうってことない」


 さすがC級冒険者。俺だったら最下級のF止まりの職で、実力者のC級にのし上がった強者。全身の火傷への処置がもっと早かったら、俺の弟子候補にはならなかった人。

 そんなレティセンから瓶を受け取ったリーリオはスプーンでバジルソースを掬うと、丸い平皿の淵に沿うようにスプーンを滑らせた。ペロッと舌を可愛く出した笑顔のようなデザインに見えて、微笑ましい。最後に8分の1カットのレモンを乗せて──


「出来上がり!」

「「「おー!」」」

「残りのカツもカットして、盛り付けるよ! シオン、フェルティ、あとレティセン、切るの練習してごらん!」

「お、俺もか?」

「吸収できるものはしときなよ! 二人も、教えることが知識の定着に繋がるし、私の派遣期間が終わった後は頼んだよ!」

「俺は弟子に揚げ方も教えるのか???」


 そうなると、男爵は領中にオリーブオイルが行き届くように頑張らないといけないな。オリーブ畑の拡張と、魔物から守るための領兵を増やさないと、とかか?


 俺に指導を任せたリーリオは、余った粉と溶き卵とパン粉を一纏めにして、そこに水と塩と、細かく切り刻んだキャベツの芯やニンジンの皮を加えた生地を作った。それを揚げ油を少し垂らして熱したフライパンに注ぎ、雑なパンケーキをささっと作った。これは彼女の夜食にするらしい。


「衣の素材は基本的に余っちゃうからね。生肉に触れた粉たちはこうして混ぜちゃって火を通して、違う料理にしたら無駄は無い。余り物を入れて、揚げちゃっても良いよ」

「そうよねぇ。揚げ物だけじゃなくてもいいわよね。粉も、油も」

「油は冷めてから別の容器に移して、普段の料理に使えばいいよ。パン生地に入れて焼くのもいいよー」

「しばらく焼いてないけど、やってみようかな。……うーん、それでも一本は、ドレッシング用に回そうかな」

「素敵な発想だ。あ、領主館では絶対にやらないけど、2、3回くらいなら使い回しも出来るよ」

「そうなの!? やだ、昼は節制しなくっちゃ!」


 そう言いながら自分のぺったんこなお腹を見るシオンちゃんに、思わず笑ってしまった。そうだね、空腹は最高のスパイスって言うし、体型維持と揚げ物ライフを楽しむ為の我慢なら、俺も歓迎できそうだ。


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