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新たな環境とバジルソースのトンカツ(3)

 不埒な妄想をシオンちゃんに咎められてたら、リーリオに「油、温まったよ」と呼ばれた。いよいよか!


「シオン、揚げ頃温度を知りたいんだったよね?」

「待てよなんでシオンちゃんのことを呼び捨てにしてんだお前」

「フェルティくん、そこ? ついさっきね、お互いに敬語もさん付けも止めようって話したのよ」

「というか、君のことを敬称なしで呼んでるんだから、揃えたほうが痛くない腹を探られないだろう?」

「ぐっ、ま、そう、だが……」


 変な疑いをかけられるよりは、マシか……。


「それじゃ話を戻すけど、揚げ頃温度の測り方を教えるよ」

「お願いします」


 俺が押し黙ると話は進み、リーリオが肉に付けて余ったパン粉を、鍋の油に落とした。

 ひとつまみのパン粉は沈むことなく、ゆっくりと広がってシュワワワと軽やかな音を立てて泡立った。


「揚がるが、色が付かないだろう? これが揚げ頃の中でも低温、じっくり火を通したい根菜類や、さっと火を通したい薄い葉っぱ系なんかに適してるね」

「え? 揚げ頃の温度って、何種類かあるの?」

「うん、大きく分けて3つだね。低・中・高。主に使うのは中かな。あ、でも、この間シオンたちが食べた牛カツは高温で揚げてたと思うよ」

「中が生っぽくても大丈夫なタネは高温ってことね」

「そういうこと」


 シオンちゃんからの質問に答えながら、リーリオは網じゃくしでカスを回収した。


「でも、オススメしないよ。油は温めすぎると煙が立って、そこから火が起きちゃって、消すのも空気を遮断しないといけないから。危ないから、揚げ物をやる時は決して目を離したり、換気を忘れたり、席を外してはいけないよ」

「化物の昔話かよ」

「ちなみに油火災に水をかけると、油が飛び散って爆発的に火が広がるから、本当に、絶対やっちゃいけない」

「どうすりゃいいんだよ」


 火には水が効果的、消化には水を使うってのは常識的な話だろ? それが逆効果って、厄介だな。


「私は濡らして固く絞った布を、鍋の淵を全て覆うようにかけろと言われたかな。空気を遮断するってのを忘れないようにしてね。それでも再燃する可能性もあるから、必ず火から下ろすこと。危ないから、竈の火の方を落とした方がいいのかもね」

「恐ろしいわ……」

「まぁ、火にかけた油から目を離さなければ。煙が立つほど温めなければいいだけの話だよ」

「なーんか、危ねぇ調理法だな」

「火を使うのは、なんだって危ないよ」

「それもそうか」


 だから、うまく付き合っていかないと。濡らした布巾作っとこ。デカめの布巾がいいよな。


 油火災の恐ろしさについて語られている間に、中温にまで油が温まったらしい。リーリオによって撒かれたパン粉は、ジュワッと音を立てて鍋全体にゆっくり広がった。


「これくらいが中温。今日やるトンカツも、大抵の揚げ物はこの温度で揚げるのが美味しいよ。高温はこの感じで、パン粉がすぐに色付いてくるよ」

「ちなみに高温は何に適してるの?」

「魚介系とか、拭き取ってもなお水分の多いものかな。それじゃ、入れ方のお手本を見せるから、よく見てて」


 リーリオはパン粉の衣が着いた豚肉を揚げ油へ、静かに入れた。

 ジュワーー!


「「おおお……!」」


 パチパチパチ、ボコボコボコと、荒々しい音が上がり、激しい泡は豚肉を見えなくさせた。


「こ、こ、こんなに細かい泡が! アツッ!」

「大丈夫!?」

「油はハネるもの。特に水分が多いと危険なくらいバチバチはねるから、自分たちだけで作るときは、しっかり水分を拭き取るんだよ」

「うん、そこは炒め物とかでも同じよね」


 おのれ、揚げ油。いや、揚げダネの水分。俺たちが作るときは、お前を徹底的に拭き取ってやるからな。

 残っている3つの肉ダネを睨みつけている間にも、揚がっている豚肉には火が通り、少し泡も音も大人しくなってきた。泡で隠れていた表面が現れて、少し色がついてきたように思える。そこにリーリオはトングを入れ、カツをひっくり返した。


「「わぁ……!」」


 再び上がるサラサラの泡の中で、すっかり明るい茶色に色付いたカツが浮いている! あぁ、やっと見覚えが有るものが!


「美味しい色、覚えておいて。この色に両面がなったら揚げ上がり。あとは余熱で火を通したり、肉汁を落ち着かせる為に休ませるんだ」

「熱すぎたら切るのも大変だしね」

「そういうのもあるね。じゃ、次はシオンとフェルティ、君らが入れてみようか。いいかい、決して焦ってはいけないよ。熱いからって高い位置から落としたら、その高さの分だけ熱した油がハネて、周りに飛び散って、キッチンは大変なことになるからね」

「静かに、低い位置で、くぐらせるように入れるのね」

「ビビリには無理な調理法だよな……」


 1つ目のカツがカラリと揚がるのを待って、リーリオが揚げカスを回収してくれた油の中へ静かに豚肉を入れた。

 寝かせるように入れたおかげで、泡の油に手を攻撃されたものの、油の海が大きな波を起こすことは無かった。


「あっちー」

「私たちの指が揚がらないように気をつけなきゃね」

「あはは、上手い上手い。本当に初めてなのってくらい!」

「先生の教え方が良かったからよ! ね、フェルティくん」

「あぁ。すっと頭に入る語り方で、教えが理解しやすかった。さすが、指南役に選ばれるだけのことはある」

「ふふふ、ありがとう。やりがいのある教え子たちだ」


 褒めて、褒められる関係。残り2回も円満な関係でいられたらいいな。



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