マヨネーズの誕生と卵白衣のエビマヨ(1)
9月14日、日曜日。
日曜日はシオンちゃんとのデートの日で、リンドを思い切り走らせる日。そして、マルバ兄さんのやってる馬留カフェ、のんびい屋で朝食をいただく日だ。
馬留場にいるリンドを窓から見守りながらモーニングメニューを待っていると、厨房からマルバ兄さんが引きずりつつも軽い足取りでやって来た。
「ねぇねぇ見てー! マノうカソース、進化させたー!」
「進化? 何したんだ?」
「もっと美味しくなったの?」
気になる俺たちの前に置かれる、モーニングプレート。厚めのパンケーキ2枚にカリカリベーコンと半熟目玉焼き、こんもりと盛られた千切りキャベツとコーンとトマトのサラダ。
プレートの横にはパンケーキ用のシロップと、黄色みがかった白いマノルカソース。お? こないだ見たより黄色が強くなっているような?
シオンちゃんが器を持って鼻にマノルカソースの匂いを嗅ぐ。何かに気付いたように目を見開く表情が可愛い。
「ニンニクの匂いがしない……?」
「食べながあ説明すうからー、あったかいうちに食べてー」
「はーい」
他に客がいないからと椅子を寄せて座るマルバ。言われるがまま、俺もシオンちゃんもマノルカソースをサラダにかけた。
前回のものよりもったり、滑らかになっているような……? あぁ、前回はあったニンニクのわずかな粒が無くなっている。シオンちゃんの鼻が正解かも。
容器から半量をサラダにかけ、キャベツに絡めて、一口。シャキシャキと瑞々しいキャベツに、とろッとして卵が効いたマノルカソースが絡んで、美味しい! 卵臭くないのは、何だ? レモン汁の代わりに酢を入れた? ニンニクの代わりの臭み抜きの為に。
シオンちゃんはトマトに付けて食べて、目を見開いて笑顔を咲かせた。
「おいしー! 卵と油のコクの後から、トマトのすっきりした酸味が来て、美味しいよ! 野菜を引き立てるソースね!」
「進化したー、マノうカソースはー、材料を結構変えたんだー」
マルバ兄さんが言うには、前のマノルカソースが
・オリーブオイル
・卵黄
・ニンニク
・レモン汁
・塩
で混ぜて作ってたのを、進化マノルカソースでは
・オリーブオイル
・卵黄
・穀物酢
・塩
で作ったらしい。やっぱりニンニクは抜いてたのか。シオンちゃんの鼻すごい。
「どうしてニンニクを抜いたの?」
「ニンニクはー、好き嫌いが分かれうからさー。子どもも食べえうようー、辛くないように抜いたんだー。こえなら、マヨネーズの為に野菜を食べようって子もいるかなーって!」
「ん? まよねーず?」
「あっそうそう! 聞いてー! さっき言ったレシピさー、夢で見たんだー!」
「へー、起きてもよく覚えてたわねー」
シオンちゃん、感想それなんだ。変だなとか、よく信じる気になったな、とかあるじゃん?
「そえでねー、レシピを教えてくえた人がね、これを“マヨネーズ”って呼んでてさー! そのまま使うことにしたんだー」
「ま、マルバ兄さん。夢で教えてもらったの下りは、他人に言うなよ?」
「分かってるってー! テキトーに、っぽい名前閃いたってー、ごまかすよー」
「落馬の影響が今でもあるなんて言われたら、大変だものね」
ホント、今店に俺らしか居なくて良かった。ナメられたら大変だからな。
マヨネーズに目を落としたシオンちゃんが「そういえば」と切り出した。
「家でマノルカソースを作ろうとした時も思ったんだけど、卵白が余るわよね。マルバは卵白をどうしてるの?」
「フフフー! マヨネーズを作って残った卵白はー、そちらのパンケーキに、メレンゲとして入ってるよー! ふわふわをー、楽しんでー!」
「なるほどねぇ! それじゃ、いただきます!」
俺もシオンちゃんと同時に、手前のパンケーキに刃を入れた。シュワッとかすかな音が立ち、泡が弾けてしぼむわずかな振動。知ってるパンケーキよりしっとり、ふわふわしている。大きめの1切れを何も付けずに頬張ると、しっとり溶けていって、でももちもちした食感も美味しいパンケーキだ。
「えーっ! おいしー! こんな甘い空気を閉じ込めた、もちもちのパンケーキ、初めてー!」
「あははっ、良い表現あいがとー! あ、いらっしゃいませー!」
カランカランとドアベルが鳴り、男性客が一人入店してきた、マルバ兄さんは当然そちらに接客に向かうから、俺たちも食事に集中する。
カリカリになるまで焼かれたベーコンとシロップをかけたパンケーキを一緒に食べたり、目玉焼きを奥側のパンケーキに重ねて一緒にカットして食べて、半熟の黄身の濃厚さを味わったり。
トマトにマヨネーズを付けて食べた後で、思いついたからベーコンにもマヨネーズを付けて食べた。カリカリベーコンの塩気がマヨネーズでまろやかになって、旨味が増して……とっても危険な美味だ。マヨネーズの大半が油ってのを知ってる俺ですら揺らぐ味なのに、知らない人がこの味を知っちゃったら……。
「フェルティくん! ベーコンにマヨですっごい美味しいよ! 焼いて抜けた脂が美味しい油で補われたからかな? 舌への味の乗り方が優しくなって、たくさん食べられちゃいそう!」
油が大半だって知っててもこうなるもんな。
さぁ、半分残しておいたシロップもパンケーキにかけて、デザートといこう。ドバドバーっとな。
「あ、やべ」
皿のマヨネーズ部分にもがっつりシロップが浸っちまった。まぁいいか。パンケーキで皿を拭うようにシロップを付けて……。
「ん?」
柔らかい甘さのシロップに、まろやかさが足されて、意外と悪くない……? あれか? バターみたいなことか? 事故ったにしては、良い味だったな。




