鍛冶屋のおっちゃんにお裾分け
9月9日、火曜日。北地区の取引先へ氷を納品し、昼休憩で来た広場のベンチに腰掛けて、巾着袋から取り出した弁当を広げていた。
2つある軽い金属の箱の中身は、1つが生のレタスと蒸かし芋。もう1つには昨日また揚げた冷製揚げ鶏ももが規則正しく並んでいる。御者のバラトにもお裾分けするからと多めに用意したが、それにしても少し多い気が……。
「うひゃ~! これまた美味しそっすねー! 何の肉っすか?」
「鶏もも肉に、マーマレードから作った甘めのタレを絡めたもんだ」
「ジャムからっすか!? 相変わらず変なの考えるっすね~」
「このタレ考えたのは、お前んトコのシェフだよ」
「おっと、リーリオにチクらないでくださいっすね!」
どうしよっかな。俺たちの事を一瞬馬鹿にしてたからチクろうかな。
今日はレモン水を買ってきたバラトが、馬のテロホにニンジンをあげてる間にレタスと、揚げ鶏ももを箱ごと冷やし直した。
「よぉし! テロホも満足したし、俺も昼休憩に入るっす! フェルティさん! お裾分けください!」
「はいはい」
弁当箱の蓋を皿代わりにして、フォークで転がすように弁当箱から取り分ける。マーマレードから作ったタレがねっとり固まって、塊で落ちるもんだから受け止める蓋がペコンと音を立てた。
「甘いごはんってあんまり食べないんで、楽しみっす!」
「そうか。食べたやつは間食とか酒のつまみに良いとか言ってたから、まぁそんなつもりで食ってくれ」
「たまにはそんなお昼も良いっすね~」
3分の1ほど取り分けたところで、蓋に収まりきらなくなったから、一旦お裾分けをやめた。喉を鳴らしたバラトは右手に持ったフォークで一切れ刺すと、「いただきます!」と早口で挨拶してから、頬張った。
もっもっと、何度かしっかり咀嚼したバラトの頬が緩んだ。
「ん~! 甘くてちょっとだけしょっぱくて、お肉が美味しくて、癖になるっす~!」
「良かった。盛り付けた分は食べきれそうか?」
「余裕っす!」
その言葉通り、バラトは次々と冷製揚げ鶏ももを食べ進めていく。甘い飯に慣れてないと言っていたが、心配はいらなかったな。
俺も頂こう。冷やしたレタスに揚げ鶏ももを乗せて、巻いて食べる。
シャキッ! パリパリ ぐにっ にっにっにっ……
シャキシャキの葉っぱが瑞々しく爽やかで、甘くて噛み応えのある肉を引き立てている。口も汚れにくいし、より数を多くいただける。途中で蒸かし芋を口直しに食べると、また揚げ物に戻りたくなる。
バラトが買ってきたレモン水が、食事に一呼吸置かせてくれる。がっついていた自分を落ち着けて、弁当箱の中を見る。
……やっぱり、多いなぁ。
「お、凍らせ屋!」
揚げ鶏ももがどーんと残っている弁当箱の中身を見つめていたら、野太い声をかけられた。この酒焼け声は……。
「鍛冶屋のおっちゃん」
「よ!」
ご機嫌に片手を上げて挨拶してきた、俺より低身長だが筋肉ダルマな中年男は、シオンちゃんが仕事を振っている鍛冶屋のカジャだ。
専門は厨房設備とかの、道具鍛冶屋に分類されるのか? 普段はそういう大型のを作ってる職人だ。だが、この弁当箱を作ったのもこの人だ。ダンジョン産の軽い金属を曲げて作ってくれた。
シオンちゃんがなんか暇そうにしてる店に声をかけて保冷庫の試作を頼んだのが縁で、ウチの契約者の半分がこのカジャの工房の保冷庫を使っている。後半分はもともと氷室を持ってる。あ、全員がサイズ問わず製氷機を買ってるか。俺が出来上がった氷を売ってるわけじゃないから。
最近は新規の契約を止めてるから、また暇になってんのかな。
「凍らせ屋は捗ってるな! 保冷庫の補修を頼まれて、また儲からせてもらってるぞ!」
「あぁ、それで北地区まで」
たしか、中の金属を磨いてピカピカにしないと、冷えが悪いらしい。あと冷気が逃げないように扉のかみ合わせも大事らしい。今度ウチも見てもらおうかな。
「ん? 隣の兄ちゃんは連れか?」
「どうもっす! 領主館から派遣されてる御者の、バラトっす! こっちはテロホ!」
「俺ァ、カジャ工房のカジャだ」
そっか、ここ初対面か。確かにシオンちゃんの仕事領域だから、バラトとカジャの店に行ったことはなかったな。テロホも鼻筋をカジャに撫でられるのを許してるし、忙しさにかまけず挨拶に寄れば良かったな。
あ、そうだ。
「カジャ、今時間あるか?」
「お? まぁここで飯食って帰って、器具の整備をするだけだったからな。あんぞ」
「良かった。ならコレ少し食べてかねぇか? 芋と合わせたらちょっと多くてな」
「ン? 弁当箱に何詰めてんだ?」
覗き込んできたカジャに見せるよう、箱を傾ける確認したカジャは少し体を仰け反らせて、「茶色っ」と小声で漏らした。
「これ、なんだ? てか一種類だけか?」
「これ、旨いっすよ! 冷たくて甘いタレが絡んだ鶏肉の揚げ物なんすけど、噛み応えがあって、マーマレードが甘くてちょっと苦くてクセになって、ハマること請け合いっす!」
「ま、マーマレードぉ? 揚げもんってのは、最近お前んトコから噂になってる、贅沢な料理だったな。はぁ、最初はあったけぇモン食いたかったぜ」
確かに、可哀相なことをしてる気がする。と思いつつも、多めに入ってた短めの串を持たせて、一つ突かせた。
「おー、冷てぇからか、しっかりしてんな。じゃ、いただくわ」
「召し上がれ」
俺の前に立ったまま、カジャは冷製揚げ鶏ももを一口で食べた。
「……」
「どうだ? 口に合ったか?」
「……酒買ってくる」
「串はこっちの蓋にどうぞ」
昼からいいのか? と気になりはしたが、まぁ俺が心配することでもねぇだろ。カジャってドワーフだし。
そうだ。戻ってきたら、“おねがい”もしねぇとなぁ。
「フェルティさん、何か悪だくみっすか?」
「まぁな。これでカジャも揚げ物の虜だ。ここで、誘うんだよ。“カジャのおっちゃんが俺に弟子を紹介したら、もしかしたら、カジャのおっちゃんに揚げ物のお土産があるかもな”……ってな」
「なるほどー、冒険者以外からも弟子を取る足掛かりにするんすねー! コレを知っちゃったら、本気になっちゃいますっす!」
「バラトは探してくれねぇのか?」
「知り合いに水属性魔法使いは居ないっすねー」
「そっか」
いないならしょうがない。それにバラトはもう弟子並に揚げもん食ってるしな。
「フェルティ! バラト! テロホ! 酒呑むかー?」
「仕事中だ……えぇ?」
「馬に酒飲ませようとしないでくださいっす!!」
こいつ、俺らが飲めない状況なの分かってて、しかも馬の分まで酒買ってやがる。ヤバすぎる。しっかり晩酌して、俺の分まで食い尽くされそう。俺のお願いも酒でぼやけちまいそうで怖いな……。




