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新たな環境とバジルソースのトンカツ(2)

「実は、馬車に乗る前にあなたの旦那さんからも『世話になる』って言われたんだ。似た者夫婦なんだね」

「え! あら、ちょっと恥ずかしいわね、嬉しいけど!」


 「あらあら」と照れるかわいいシオンちゃんに手招きされて、俺ら2人はダイニングに入る。

 元はバルの建物。カウンターは残して、並んで食べるちょっとした外食気分を楽しんでる。逆に言えば、テーブル席部分は潰して馬のリンドの居場所にしたから、そこしか無いんだけどな。

 さ、そろそろ暑くなってきた。防寒着はもういらない。コートをハンガーにかけてから、小さな衣装棚からエプロンを2枚取り出し、新品を弟子候補に渡した。まだ馬の世話してるから、カウンターに置いただけだけど。


「レティセン、前に言ったとおり、今日はお前も厨房に入ってくれ。冷ましたり水を入れたり、少し頼むことがあるだろうから」

「分かりました。エプロンまで、ありがとうございます」

「これから毎月、頼むだろうからな」


 せっかく来てくれた弟子候補。なるべくいい待遇にしたい。だから、毎回じゃないが、弟子にも揚げ物料理を振舞ってあげたい。だから俺も見て覚えるぞ! ……3年、弟子を取れなかったトラウマが、俺を突き動かしている。



 荷物を置いて、馬の世話を終わらせたレティセンと一緒に厨房に入る。すると先に入ってたシオンちゃんとリーリオが石板の作業台の上に食材を並べて、なにか話してた。

 作業台の上にはキャベツや若取りとうもろこし、薄切りにしたカボチャとニンジン、筋切りをした豚ロース肉4枚が並んでいる。それからレモンと卵、ジャムが入ってそうな瓶が1つ、ワイン瓶のような黒い瓶が4つ。黒い瓶の方が待望の揚げ油だろう。4つに分けたのはバスケットに入るようにか、4週間楽しめるようにか。

 深緑色のエプロンを着けてから、シオンちゃんの隣に立つ。


「シオンちゃん、何か手伝えることある? 茹でるものとかあるなら、あっちの竈でやるけど」

「あ、じゃあ若取りもろこしとカボチャと、ニンジンを蒸してくれる?」

「分かった。レティセン、この鍋に水を入れてくれ」

「了解。です」


 風属性以外に水にも適性があるレティセンが、こぶし大の水球を何度も出して、鍋に水を溜めてくれる。

 魔力一つで結果が見えやすい属性は、見ていて楽しいな。


「……フェルティ師匠宅の竈は、業務用なんですね」

「あぁ、そうなんだよ。元のバル店主が凝り性だったんだろう。残り2年しか住まないし、新居まではこの便利さを堪能しようと思ってる」

「師匠なら魔道焜炉(コンロ)を買えそうですね」

「そうでもないよ」


 うちにある竈は2つとも魔道竈。しかもどっちも2口だ。

 魔道竈は火属性の魔石に魔力を通すことで着火し、スライドレバーで火の調節ができる便利な竈だ。

 うちにあるのは据え置き型で、且つ燃料は炭や薪。なので、持ち運べる魔道コンロ(※七輪の形)の方が魔石1個で済む分、魔石の消耗は激しいが扱いやすい。ちなみにどっちもすごく高い。普通に火打石で着けた方が安い。……どうにかして、新居にこれ持ってけねぇかな。

 そんな会話をしてる間にも、鍋に水が溜まった。


「どう、ですか」

「あぁ、見事だ。ありがとう。後で蒸した野菜の粗熱を風で取ってくれ」

「分かりました」

「暇ならキャベツの千切りしてくれるかー?」

「……やってみよう」


 リーリオに役目を押し付けられたレティセンの不安げな背中に、包丁とボウルの場所を伝えた。ざく切りでも構わんぞ、とも。

 それから、既に火を起こしている魔道竈に鍋を置き、まだ熱を持たない水に指を突っ込んだ。魔力を送って、水に熱を与える。


「あっつ」


 鍋肌からふつふつと湧いてきたところで、指を引いた。よし、あとは竈に任せて、蒸し器出すか。


 あとは待つだけになった蒸し器からは離れて、シオンちゃんたち揚げ物班の手伝いに行く。何が出来るか分からんし、見学だけになるかもしれんが。

 作業をするリーリオの手元を見ると、木製の平皿に小麦粉、溶き卵、パン粉が広げられている。それに常温になって柔らかい豚肉を粉、卵、パン粉の順でくぐらせていく。口の広い鍋に注がれた油は、まだ温まっていないらしい。結構たっぷり使うんだな。指なら第二関節まで浸かりそう。


「シオンちゃん、あれが衣になる部分だよな?」

「そうね、小麦粉と卵は混ぜてもいいんじゃない? って訊いたんだけど、『小麦粉で表面の水分を取って、卵を付きやすくする。そうすると衣が剥がれにくくなる』って言われたの。……本当にそうなのか、何度も実験しようね」

「肉も魚も、野菜もな」


 これからの揚げ物ライフに心を躍らせていると、衣付け作業中のリーリオから「太るよ」と言われてしまった。運動機会の減ったシオンちゃんにダメージ与えんなコラ。


「粉と卵を混ぜないのは単純に、計量するのが面倒だからだよ。混ぜるならそこに水を加えて伸ばす必要もある。その場合、打ち粉もパン粉も、あっても無くてもどちらでもいいかもよ」

「そう……。衣ひとつとっても、バリエーションがあるのね」

「色々試そう、シオンちゃん。卵もお手ごろ価格じゃないし、抜いたのもやってみよう」

「食材に合わせて変えるのも楽しそうだものね!」

「だから、体重増加には気をつけなよ」

「あぁ、そっか、温度管理と上手く揚げる為に、油がたっぷりだものね……」

「大丈夫だよシオンちゃん。ふくよかな君もきっと可愛いし、リンドとの乗馬散歩を増やしてもいいじゃないか」


 そして夜になったらベッドで俺に──痛い! 耳を抓るの止めてシオンちゃん! てかなんで分かんの!? でも恥ずかしがってるシオンちゃんもかわいい!!


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