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クリームクロケッタと冷製揚げ鶏もも(6).

レティセン視点

 9月6日、土曜日。本日もまた、領主に報告だ。久々に使った領主館のベッドは使用人ようだから自宅の物より硬く、目覚めが良かった。リーリオをここに送迎するたびのこれ、続くのか……。


「おはようございます、領主様」

「おはよう。昨日はお楽しみだったようだね」

「健全な晩酌を楽しませていただきました」


 決して、リーリオに王いう意味で触れていない。ウイスキーは水割りだし、瓶は半分も減っていない。ただ冷製揚げ鶏ももをつまみに、リーリオのとりとめのない話を聞き、相槌を打っていた。2人共さほど酔わない内に解散した。寝るまで覚えている。何も一夜の過ちが無かったことを覚えている。

 発言や態度に焦りが滲んでいるのを揶揄って笑う領主にイラッとしたが、話題を変える為に報告を始めた。


「ここ最近は変わらず、冷やすことに集中して訓練しています。水分量の少ない野菜から、肉、果物と難易度を上げ、感覚(コツ)を掴んで速度を高め、効率化を図っています。狙いを絞って取り組んだおかげか、水分の動きを止めて冷やす方式の魔法は磨きがかかり、手に持つのも辛くなる温度にまで下げることが可能になりました」

「ほう! それはほぼ氷だね!」


 それはそうなんだが。止めた後から先に進めていないのが、課題だ。まぁ今はそこに目をつむった訓練だ。報告もなしでいいだろう。代わりに、こちらを。


「しかしそれは室温の物体を対象とした場合であり、直前まで火にかけていた料理などの、温度差が大きい対象には魔力消費が激しく、現在は冷水に熱を逃がすなどの対応をしています。魔法だけで冷ますには、さらなる検証が必要です」

「そうか、熱を持つということは水分が激しく動いているということ。それを時間をかけずに動きを止めようとするのは、確かに大変そうだ。引き続き調査を頼んだよ」

「はい」


 難しい気もするが、不可能であると調査するのも仕事だからな。死なないようにしながら、な。



「そうだ、レティセンにこちらから報告があるよ」

「……ヴィシタンテ・エノールミへの対策の、件ですか」


 領主は静かに、しっかりと頷いた。


 ヴィシタンテ・エノールミを迎え撃つ、あの頃。あの老執事から一部権力をもらった俺は、百数十人の水属性魔法使いたちに指示を出した。

 “湖の水の動きを止め、波を抑えろ”というもの。同じ水属性でも対応できる者、支える波を立てる方が向いている者と分かれた。

 これで分かるのは、同じ水属性魔法使いでも、氷を作れる素質には個人差があるということだ。

 水の動きを止める感覚を掴めているなら、そこから氷までは早いはずだ。水が液体から固体になれることを無意識下でも認識しているから、止められるんだろうからな。


 水止め班のリストは老執事に回し、領主館から彼らに報酬を渡す際に軽く勧誘してもらっていた。その結果を、3週間が経とうとしている今頃。若干の不安感が拭えないが……。


 領主は椅子に浅く腰掛け、肘を机につき、俯き気味の顔に組んだ両手を寄せた。


「結果から言おう。凍らせ屋への弟子入り希望者は……0だ」


 ……0!?


「ゼ、0ですかっ!?」

「ああ。ただの1人も居なかったよ」

「まさか……」


 確かに、試されたような気になっての反発もあるだろう。そもそも普段はエノールミ領から離れている冒険者も多くいた。それでも、1人や2人は希望者が現れるだろうと踏んでいたのに……。


「辞退者の意見として多かったのは、『普段は領から離れている』、『氷に興味がない』、……そして」


 言葉を溜められて、頭皮からぶわっと汗が滲んだ。


「『弟子が結果を出せていない』、だそうだ」

「……申し訳ございません」


 やはり、そうか。

 頭を深く下げた俺に、領主は「問題ない、謝らないでくれたまえ」と止めさせた。


「2ヶ月もしないで結果を出されたら、フェルティの立つ瀬がないだろう? 彼らの気が早いだけ。今こうして指摘したのは、君とナバー君に気にするなと、急ぐなと伝えるためさ。……すでに、心無い言葉をかけられていたかい?」

「……いえ、私はとくに」

「そうかい。まぁ、彼らも問われたからそう答えただけで、君ら本人には言わないか。結果を出すには余りにも期間が短いと分かっているんだろうね」


 のんびりしているつもりはない。しかし、第三者には関係ない。領主関係者には言わないだろうが、奴らの中にはフェルティを貶している者もいただろう。彼はこの何かと冒険者を支援する領地で、下に見られることが多いから。……その理由も、先日ウティリザから聞いて、憤慨しているが。


 領主が椅子に深く座り直した。


「レティセン。新たな弟子を発掘出来なかったことは惜しいけれど、この呼びかけで得たものは確かにある。少なくとも数十人もの水属性魔法使い、魔術師に、君らと同等の域に達することが出来るだろう素質を持った人間がいるということ。これは、凄まじい発見だ!」


 両腕を開いてみせた領主が、成果を称える。確かにそうだ。俺たちが氷を作れるようになれば、わざわざ他領から氷を大量に輸入しなくても済む。そんな可能性のある人材と、その数が透けて見えたのだから、大きな成果と言っていいのかもしれない。

 仮に氷が作れなくても、冷えた水が作れるようになれば、火傷への応急処置が容易になるしな。


「レティセン。協力してくれてありがとう。これからもよろしく頼んだよ」

「はい。こちらこそ」


 耳に痛い指摘を胸に刻み、鍛錬を続けよう。俺を見捨てなかった領主の為に。そして、フェルティを悪意ある評判から守るために。


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