マノルカソースと巨大魚のビール衣揚げ(3)
レティセン視点
困った、困った……。肩を組まれて、囲まれて、逃げ場がない。
「ほら先パイ! 功労者の一人なんだから、呑んでくださいよー!」
「今回の事とか、旅した話も聞かせてくださーい!」
「世界でどんなお馬さん見てきましたー!?」
成人した若者3人の圧、凄……。
場違いかと思いながら参加した、今回のパーティ。メインは一年ぶりに帰ってきたというウティリザ、ホージャスを迎える会だ。
“ヴィシタンテ・エノールミ”を無事に乗り越えたお祝いだと誘われたが弁えて、静かに揚げ物とキャベツを摘まんでいたんだが……。
「ほら、お近づきの印の、マノうカソースです!」
「あ、ありがとう……」
「それで、どんなお馬さんを!」
「いーや、最初に聞くのはソレじゃない! 浸水被害を圧倒的に抑えたその手腕を!」
「その次はどんな旅をして、どんなポーションを使って来たのかの話を!」
この通り、話題の中心人物に据えられて、話をせがまれて、居心地が悪いとかそんな段階では無くなった。懐かしいような。可愛くないからイヤなような。
話題から弾かれたナバーが、後ろで溜め息をついたのが聞こえた。
「兄ちゃんたちさぁ。んな一気に話しかけてもレティセンさん困るだろ。話題まとめろって」
「じゃー、じゃんけんするか」
「負けないよー!」
「ホージャス、いっつもグーから出すけど大丈夫?」
「言うなよマルバ!」
「ッスー……」
一人が殺気立つじゃんけんが頭の上で行われるのをなるべく無視して、樽ジョッキに入った自分で冷やしたビールを、溜め息と共に飲む。
調理の手助けをしようと思ってたフェルティはいつの間にかキッチンに行ってしまったし、酒の入った若者たちに絡まれるし、未成年に庇われるし。はぁ、みっともない。
「よっしゃ! 一人勝ちぃ!」
「「ぐぅ……!」」
チョキで勝利したらしいウティリザが、また俺の左隣の席に腰掛けた。カウンターの内側にはマスター気取りか、ナバーが足の高い椅子に身体を預けている。
「で? 聞きたい話ってなんだよ」
「そりゃナバー、あの波を押さえた魔法のカラクリだ! いつもは漁港がちょっと浸水してただろ?」
「あー、今回は何も流されなかったって、魚市場のお姉さんが言ってたなぁ」
エノールミ湖の漁港そばの魚市場は、動いてる間は当然床が汚れていく。清掃のしやすさを考えて、作業台などは足が高かったり、備品は軽いものにしていたりするそうだ。故に、非常に高い波が来た時などはその軽い机や棚、魚介類を入れる木箱や、つなぎが甘かった船などが流されてしまう。自然災害でもそうなのだから、“ヴィシタンテ・エノールミ”が横たわった日にゃ……。
そんな悲劇を防ぐために土魔法で硬く、高く、広い壁を作るよう、領主(もしくは執事)は命令したのだ。
……そう。壁はあるのだ。少し波を風圧で抑えたくらい、大したことじゃないだろう。
などと言ったら辟易されるのは分かっているから、口にはしないが。
「それで、レティセン先パイ。どうやって波を抑えたんです?」
「……まず、水を固めるイメージの魔法を行い、粘度を上げた。これはナバー、お前もやったな」
「うん。デカブツを水で支えやすくする為にって、レティセンさんが言ってたから。支え波班も気持ちやりやすかった、かもって」
「そうか」
領主館の執事から高波を抑えろという指示を受けての行動だ。少しでも成果が出ていたなら、それでいい。大きな目標は達成しているしな。
「……動きが鈍くなった水を、上から風で、空気の圧で抑えれば、水を持ち上げている他の魔法も相まって、高波は抑えられる。といった寸法だ」
「はー、すっごい! それを計画して、リーダーとして指示して、実行して、成功させた!」
「レティセン先パイ、やっぱ凄いお人ー!」
「おかげで解体もー、漁の再開も早まったってー! ほら、ビーうのおかわいどうぞー!」
「……どうも」
む、むず痒い……。この土地の冒険者たちが『それで街が守れるのなら』と素直に従ってくれて、魔法を自らのモノにしてくれただけなのに。
外に出ている俺より高ランクの冒険者も、この時期には戻ってくる。大抵は支え波班と土壁班に分かれて高波を防いだり、万が一先制攻撃をしてきた時の盾になる為に。その中で土着でないC級からの指示を聞き入れてくれた、彼らの方が立派だ。……あの老執事の影響力が凄まじいのかもしれないが。
樽ジョッキのオレンジジュースをグビッと飲んだナバーが、「じゃあ次は」と口を開いた。
「レティセンさんが兄ちゃんたちに質問してよ。片方だけが話すだけじゃ、仲良くなれないから」
「あー、確かに。何かあります? 誰にでもいいっすよ」
「……それはそれで」
困る、と続けようとして、思い出した。疑問はあった。この3人の成人に対しての、フェルティの態度の違いだ。
「お、何か聞きたいことありますー?」
「あぁ。……なぜフェルティは、マルバの事は『兄さん』と付けて呼ばないんだ? 君らは、かつてパーティだったんだろう?」
「「「あ~~~」」」
マルバがケガで引退するまでは。その縁でまとめて兄呼びしても、おかしくはないはずだ。
その問いは、ウティリザ、ホージャス、弟ナバーの3人の片眉を下げさせ、マルバをカウンターに突っ伏させてしまった。肩を震わせているのは、泣いているのか、笑っているのか。
「あー、うん。いおいおあったんだー。まず、2人と違って、俺は23歳で1つ近いしー……」
「決定的なのはやっぱ、“アレ”をフェルティに聞かれたことだよなー」
「あえは理不尽だったなー!」
上体を起こしつつ小さな要因から言い出したマルバは、ウティリザに核心を突かれ、天井を仰いで泣くように笑った。
苦笑するホージャスが解説するために口を開いた。
「マルバはケガをする前、僕らと冒険する傍ら、乗馬の先生をしてたんだ。大好きな馬とたくさん触れ合えるからね。その時の生徒の一人がシオン。それだけでもフェルティは気に入らなかったろうね。でも、何がまずかったって、あの決まり文句をフェルティに聞かれたことだよね」
「決まり文句?」
「ああ。乗馬の指導をやり終わった後、全員に必ず言ってたんだよ。『また、○○ちゃんに会わせてねー!』って」
「……? それの、どこに問題が?」
ウティリザが受け継いだ解説で出てきた伏字には、おそらく馬の名前が当てはまるんだろう。そう呼びかけることで次も歓迎していること、女性を狙っての事ではないと、そう受け取られない対策なのだろう。なによりマルバは心から馬に会いたいだけだったんだろう。俺にすら馬の話をねだってくるのだから。
俺の疑問に、ウティリザとホージャスは苦笑しながら首を横に振る。
「マルバの言葉に問題はねぇよ。受け取り手が異常だ。これをシオンに言ったところを見たフェルティは、こう叫んだ」
「『シオンちゃんはどうでもいいってかぁ!?』ってね」
「……えぇ?」
め、面倒くさい娘溺愛父親のような、理不尽では……?
おそらく盛大に顔を顰めてしまっただろう俺に、フェルティのモノマネをしたホージャスが「そうだよねぇ」と頷いた。
「もう、八つ当たりなんだよね。自分は一緒にできないし、先生で年も1つしか違わないマルバとシオンが笑って乗馬してるってのも、腹に据えかねてたって言ってたよ」
「フェルティからしたら、シオンをひとり占めしてるくせに、目当てはシオンの馬のリンド。シオンとの時間を自分から取り上げておきながら、そのシオンにまるで興味がないってのが、堪忍袋の緒が切れる原因だったとよ」
「馬にしか興味がないのはー、そのとおいなんだけどさぁ……? なにもあんなにー、怒あなくたってよくないー?」
「兄さん呼び、戻す?」
笑いながらビールで唇を濡らすマルバに、台所の入口からフェルティが声をかけてきた。ひょこっと出す顔は少しだけむすっとしていて、『素直じゃないな』と言いたくなる表情だった。
フェルティの方へ振り向いたマルバの顔は俺からは見えないが、軟らかく落ちた肩が物語っていた。




