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新たな環境とバジルソースのトンカツ(1)

 凍らせ屋を始めて4年目にして、ついに領主専属になってしまった。


 とは言っても、悪い影響はほぼ無い。

 日数が増えた領主館は元々日暮れ頃に納品していたから、どこかをズラす事も無かったし、他の納品先に変な口出しをすることもない。

 しかも大きなメリットがあった。それは『馬での送迎』と、『弟子候補の発見』だ。


 プロの騎手付きの馬で早朝から夕方の最後、自宅まで送り届けてくれる。シオンちゃんとの2人っきり時代とは違って注目の的にはなってしまうが、自分の足で歩くより早く次に着く。まぁ、乗馬の疲労感はあるが。

 このおかげで、昼食をもう少しゆっくりられるようになったし、シオンちゃんは目覚めの時間がゆったりになった。『乗馬運動の頻度が減っちゃった』と最初は落ち込んでたけど、買い物する時とかリンドと乗馬散歩は普通に行くし、今は気にしてないんじゃないか?


 そして、弟子候補! さすが男爵、仕事が早い。専属になって10日目には見つけ出して、色々と指導とか準備をして、1週間で俺付きの御者(馬車の運転手)に仕立て上げた。今は領主館から帰る時の馬車で俺を送って、そのまま事務所で1時間ほど指導している。

 弟子()()なのは、彼の適性が熱ではなく、風とほんの少しの水属性だからだ。涼しい風を出せる点を見込まれて、領主から俺に紹介された。今のところ、冷たい風が出せないかどうか模索してる。これから夏だから、使えたら便利だろう?



 そんな、大きな変化が訪れた新しい環境も、1ヶ月が経過した。


 7月4日、金曜日。今日は領主館へ氷を納品する日であり、──俺たち夫婦の自宅に領主館のシェフが派遣され、約束の揚げ油を分けてもらえる日である。


 仕事を終えて、いつものように馬車のところへ行く。慣れてきたとはいえ、毎日乗馬(相乗り)してると股が辛い。

 自覚するほど変な姿勢で歩いて向かっていると、弟子候補の御者とは別の人影が見えた。目を凝らしてみると、普通の平民の格好をした、女性が居た。あ、もしかして。


「お疲れ様です、フェルティ師匠」

「あぁ、今日はご褒美の日だな、レティセン。それで、貴女が」

「やぁフェルティ。お疲れさま、リーリオだよ。覚えてる?」

「あぁ、格好が違うから誰かと思った。今夜は夫婦ともども世話になる。よろしく、リーリオ」

「よろしく」


 どこか優男風の雰囲気をまとっているのは、領主館付きシェフ、揚げ物担当のリーリオ。長い髪を高い位置で団子にしているし、胸部も一瞬目が行くくらいにはあるし、女性には違いない。なんというか、高身長なのもあって、女性からキャーキャー言われそうな女性だ。俺はシオンちゃんだけからキャーキャー言われてりゃいいがな!


 馬車に乗り込むと、すぐに出発した。

 領主館は小高い丘の上に立っている。街はそこを中心に発展していて、館を出て降ればすぐに中央商業街だ。各種ギルドや生鮮食料品を売ってる店、雑貨屋、衣服店もあるし、武器屋も防具屋も道具屋も並んでる。飲み屋とか飲食店、宿屋もあるが、そちらは街の外に繋がる門がある東・北・南の大通りに集中している。西は漁師町じみてるからな。あっても、地元民が通うとこって感じ。


 俺らの店兼住居は、中央から少し北西側に寄った場所にある。最大の取引相手が漁港になることを予見したシオンちゃんが、その辺りで物件を探して借りてくれたんだ。俺が16歳の成人を迎える直前にだ! 期待の高さが分かるよな!


 ガタガタ言う馬車の中で、リーリオシェフに尋ねた。彼女の膝の上には、大きな蓋付きバスケットが乗っている。


「リーリオ。そのバスケットの中身が、例の物か?」

「そうだよ。他にもレモンやパン粉、卵、バジルソースが入ってるよ」

「ソースまで。そこまでしてくれるなら、氷を増量させられても文句は引っ込むわ」

「ソースを作るときも風味が飛ばないように、氷を当てながらだからね。助かってるよ」

「そんな使い方が……」


 本当に文句が言えねぇじゃねぇか。


「それで、今日のメニューは?」

「それは、出来上がってのお楽しみさ」

「どうせキッチンには一緒に入るのに」

「あぁそっか、キッチンはとても広いんだったね」

「竈も2つ、離れた位置にあるぞ」

「よく家屋に選んだなぁ」


 ウチは広めの2階建て木造住宅。5年契約の取り壊し予定物件だから、1階の半分は開けて馬小屋になっている。元はバルで、客席だった2階を主な生活空間にしているが、料理をするのは厨房のある1階だ。2人並んでも余裕で、かなり気に入っている。ボロ屋だけど。満了まで残り2年しかないけど。


 流れていく見慣れた景色を眺めていると、事務所兼自宅に着いた。馬小屋に馬車を停めて、俺とリーリオシェフは裏口から家に入った。御者のレティセンは馬に水を飲ませたりと世話をしてから入ってくるから、またすぐ後で。まぁ、そこの大きく開いた引き違い窓からこっちが見えてるんだけどな。


「ただいま、シオンちゃん」

「おかえりフェルティくん。そして、貴女がシェフのリーリオさんね! いらっしゃい!」

「はい。初めまして、シオンさん」

「今夜は夫婦ともども、お世話になります」

「ォ」

「おぉ、お世話します。フフッ」

『夫婦揃って同じこと言ってる……』

「グフッ」


 俺と同じこと言っちゃったシオンちゃんに愛おしさと面白さがこみ上げて、リーリオの返事までは耐えられたのに、窓越しのレティセンのせいで吹き出しちまったじゃねぇか。お前普段寡黙なのに。


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