マノルカソースと巨大魚のビール衣揚げ(1)
※マルバの発言についている傍点は誤字でない印です。
“ヴィシタンテ・エノールミ”を領主が討伐してくれた後の漁港は、本当にお祭り騒ぎだ。
モレナ・メディテラニアの死体が横たわる湖の波打ち際では、100人近い解体職人がえっちらほっちら切り分けたり。
解体した側から、皮や骨、内臓や頭などは素材に出来る、または可能性ありで各種ギルドやでっかい商店が男爵家主催の競りに参加したり。
またその邪魔にならない場所では、料理人たちが屋台でモレナ・メディテラニア改めウツボを美味しく料理して破格で売り出したり。網焼き場が出現したり。
領主街全体からこの漁港に領民が大集合するくらいには、大きなイベントだ。
エノールミ湖に続く街道は広く取られているが、それは避難の為でもあるけれど、5年に1度やってくるこのお祭り騒ぎの為でもあるんだ。
まぁ良いこともあれば、困ったこともやっぱりあるけどな。
男爵様の号令で、鮮魚店は売り切るまでウツボの切り身を格安で売り出さなきゃいけない。しかも雷撃のせいで若干火が通ってるやつ。
領民たちで食べて消費することが目的だから、これは燻製とかの保存食とかに加工してもいい。そもそも、解体が終わるまで漁師が湖に出られないから、他に魚が無いってのもある。
んで、普段は獣系モンスターを狩ってる冒険者たちも臨時報酬とタダで貰える魚肉を求めて解体作業に入るから、魔物肉取り扱い精肉店もその煽りを受けて、熟成分の肉が無くなるなど、遅れて品物が少なくなる。
今回は良かったが、コレで毒があったり、可食部が無いモンスターだったら得するお店がほとんど無いから大変なんだ。前回がクラゲでそうだった。素材はいっぱいだったけどな。
それでもまぁ不満が出ないのは、領主の魔法が意味分かんないおかげ。あの雷で被害を受けるのは巨大化した魚と少しのモンスターだけ。漁に出れるようになれば、また新鮮な魚が獲れるようになる。
だから、“ヴィシタンテ・エノールミ”の後、暫くは、『お得だけど、飽きる前に過ぎてほしい』って皆が思ってんだよな。
8月23日、土曜日。“ヴィシタンテ・エノールミ”を無事に乗り越えた事、解体を終えられたこと、ホージャス兄さんが俺に弟子入りしてくれたことを記念して、今日は俺たちの家で祝賀会だ!
「それでは、色んな事を祝して!」
「「「かんぱーい!」」」
掲げ、ぶつけた7つの樽ジョッキの中身はビールにオレンジジュースに、氷がたっぷり入った水。ご機嫌に喉を潤す俺らの前には、ざく切りキャベツの入った皿が人数分と、デカい一皿にこんもり乗ったドラムチキンサイズの揚げ物が鎮座している。
「なぁシオン、フェルティ! もうコレ食っていいのか?」
「勿論! 手で食べてもいいよー」
宴会の開始と同時に出したこの揚げ物は、勿論ウツボ。白ワインで臭み抜きして、塩とニンニク、ショウガで下味。でんぷん粉をまぶして揚げた。薄い粉衣の揚げウツボは表面がカリッと、中はむちっふわっと鶏肉と魚の間の食感。レモンを搾ってかけて、召し上がれ。
サクッ! ふわっ サクッサクッサク…… グビッグビッグビッ!
「ぷはーっ! うめぇ!」
「ガツンッとした味付けだね! ビールが進むー!」
「オレンジジュース進むー!」
酒飲みのウティリザ兄さんとホージャス兄さん、まだ酒の味は分からないナバーが片手にジョッキ、片手に揚げウツボで顔を赤らめて喜んでくれている。飲み物と合う濃い味を目指したからな。好評で良かった。
他にも、気配を消したつもりのレティセンは冷やしたざく切りキャベツをパリパリ食べてるし、マルバは持参した白いソースを付けて食べて、ご満悦だし。自由にしてくれて嬉しいよ。
「マルバ、その白いねっとりしたソース、何?」
「よくぞ聞いてくえましたー! こえはー、マノうカソース! 油とレモン汁と、卵黄、ニンニク、塩を混ぜたソースなんだー。ご贔屓にしてくえてる行商さんが噂を教えてくれてさー!」
「た、卵のソース。生なの?」
「新鮮だし、今日で使いきえば大丈夫! 美味しいよー」
「そうなのか……。俺も貰っていいか?」
「うん! 張り切ってこの量持ってきたよー!」
そう言ってマルバは笑顔で手のひらサイズのガラス瓶を寄せてくれた。ランタンの暖かい明りの中で白く見えていたけれど、よく見ればなるほど、卵黄を使ってるだけあって黄色い。
スプーンで自分のキャベツの皿に取り分ける。とろりとしていて、少し待たないと液が途切れてくれない。なんか、ドレッシングにも良さそうだなぁ。
匂いを嗅ぐと、ニンニクとオリーブと、多分卵の匂いがする。そりゃ材料の香りがするわな。
味見で手の甲にも垂らして、ペロッといただいた。
「──!?」
な、なんだコレはーッ!?
なめらかな口当たり、オリーブオイルとニンニクの強い香り、卵のコク、ニンニクの少し辛い刺激……! 塩とレモン汁はあまり感じないが、味を引き締める役割なんだろう。良い仕事してる雰囲気!
「これ、すっごい旨いな!」
「だろー? 揚げ物に付けて食べてみー?」
「いただきます! あっち……」
まだまだ熱いウツボの粉衣揚げを摘まみ、ソースを塗って、はぐっと一口。
サクッふわっ ニンニクふわぁ サクッふわっサクッふわっ……
あぁ、うっまぁ……。ソースが無くても旨いように調理したけど、あるともっと旨いな! 油と卵でこってりしてて、ニンニクが効いて。鶏肉みたいな淡白で、でも存在感は強めの魚肉によく合う!
「マルバの店に通う理由が、また1つ出来ちまった」
「毎度あいがとうございますー!」
「マルバさー、“ソースに合う揚げ物”ってリクエストしてきたけどよ。コレはなんにでも合うだろ」
「あははー、バレたー」
俺たちにこのソースを自慢するために、無理やりリクエストにしやがったな。狙い通り、羨ましくなっちまったよ。
マノルカソースはマヨネーズの前身的ソース、マオンのソースです。




