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“ヴィシタンテ・エノールミ”(5).

エノールミ男爵視点

 ──その時は、予測通りにやって来た。


 空を覆うのは重たく黒い雲。今にも垂れてきそうな雲の中で、ビカッ! ビカビカッ! と稲光が何度も走り、街中にゴロゴロゴロ……と音が鳴り響いている。


 領主街など5つあってもすっぽり収まるほど巨大な湖。エノールミ湖は今、ある点を起点に大きく波打っていた。ボコリ、ボコリ、湧いてくる巨大な泡は、エノールミ湖中ダンジョンから発生している。“ヴィシタンテ・エノールミ”の前兆だ。


 大きく唸る高波は、それを考慮して盛って建てたはずの漁港まで届きそうだ。土属性魔法使い・魔術師らに依頼し、波に強い硬く高い土壁を作ってもらわねば、今頃浸水していたことだろう。


 そんな湖を囲む土壁も、不自然に荒れる湖も、西地区から人気が無くなっている様も、この小高い丘の上に建つ領主館からよく見えた。


「領主様。魔法威力増幅装置の用意が整いました」


 背後から報せをくれたのは、我が家の老執事、ボニファシオ。普段は執事候補や従者の教育のみでのんびりしている彼も、この時ばかりはテキパキと使用人らや各地に指令を飛ばし、対応している。彼が届けてくれた魔道具も、その一つだ。


「ありがとう。今回も一目見ただけで分かるほど良く整備されているね。君の素晴らしい仕事が領民たちの生活を、幸せを、命を救うよ」

「もったいないお言葉でございます」


 本気で思っているのに、軽く受け流されてしまった。言いすぎてしまっているのだろうか。しかし、言葉を尽くさないなど……。

 悩む必要がないと思考を終わらせ、グローブを付けた手で魔道具にを持つ。


 それは、大弓の形をしている。長大な複合弓であるそれは、魔法陣が刻まれた木製の本体に銅板が巻かれ、僕の背丈を優に超えた長さのそれは機能だけを追い求めた美しさをしている。

 動作確認の為にほんの少し魔力を流すと、瞬時に大弓全体に行き渡り、青白く光った。本当によく磨かれている。これならば、前回よりも威力を上げられるだろう。


「──!」


 チェストガードを着け直して、大弓に己の魔力を馴染ませようと改めて握った、その時。湖から威圧が湧いてきた。

 湖面が大きくうねり、空気が震え、建造物が鳴る。


「来ますぞ!」

「そうだね。さぁ、ボニファシオも避難して」

「検討を祈ります」


 僕が信頼を置く執事だ。僕が思い切り魔法を発動できるよう、館の者を全員避難させたことだろう。

 革の耳当てをしてから、ひりひり震える空気を吸い、吐いて、大弓にさらに魔力を込めた。

 地鳴りが響き、湖からそれはそれは巨大な水柱が立つ。領主館の建つ小高い丘とそう変わらない大きさだ。

 水柱から水が流れ落ちる。雷雲はますます稲光を走らせ、水柱の下のその正体を、稲光が照らした。


 ぬらりときらめく体表。蛇のように前後に細長い円筒形。背びれの上部には並んで鋭い棘が生え、鮮やかなオレンジ色の下地に黒の無数の点と筋がスイカのように入った模様。ぎょろりとした丸い白と黒の目。閉まりきらない口は大きく目の後方まで裂けているようで、それから覗く鋭い歯が死を予感させる。

 口角が上がり、嘲笑しているかのようなそのモンスターは、モレナ・メディテラニア。ウツボに似たモンスターで、巣穴から虎視眈々と獲物を狙う魚の方とは違って、積極的に狩りを行う獰猛な生態をしている。そんなのが、巨大化している。


「波を起こされたら、ひとたまりも無いね」


 過去にそんな記録が残っている。やはり今回も厄介なモンスターが来てくれたね。残虐な性格が顔に現れている。おかげで街中から悲鳴が上がってきているよ。

 

 故に。行動する前に仕留める。何もさせやしない。させてたまるか。

 失敗は、許されない。


 構えた弓に、つがえる魔力の矢に全ての魔力を注ぎ込む。バリバリと電気が散るそれを、身じろぎを始めたモレナ・メディテラニアの、はるか上空へ目掛け、放つ。

 ビュウッ、と荒れる風を切って飛ぶ青白く光る矢は、一息の間に稲光が走ってもなお真っ黒な雷雲へ突入した。


「我が愛の敵へ落ちよ。“雷”」


 詠唱の瞬間。世界が青白い光のみになった。遅れて空間を破る音と衝撃が身を襲う。目を閉じても、耳を塞いでも、衝撃は貫通してくる。──だが、ケガもしなければ、死にもしない。


 魔力供給が無くなった雷雲は風に流され、溶けるように消えていく。現れた太陽は湖を照らし、黒焦げになったモレナ・メディテラニアの姿を晒し上げた。

 裂けた皮膚、破れたヒレ、濁った瞳、落ちた顎。ぷすぷすとあらゆる箇所から火が燻り、動かなくなった。


 モレナ・メディテラニアはやがて力なく傾いて、それを湖から持ち上がる水のクッションが受け止め、抱え、モレナ・メディテラニアを静かに横たえさせた。水属性魔法使い、魔術師たちが協力してくれたおかげで、破壊力は無い大きな波が起こったのみで、漁港にも被害はほとんど無いだろう。……あぁ、一安心。


「デメトリオ、こちらへかけて」

「ありがとう、僕の最愛」


 妻であるカルメラが手ずから運んでくれた椅子に腰掛け、愛と礼の言葉を贈る。カルメラは優しく微笑んで、コルクを抜いた下級魔力回復ポーションを渡してくれる、僕はそれを震える左手で受け取って、飲み口を覆うように口で咥えて、なんとか飲み切った。


 顎へ垂れてしまった液体をカルメラに拭ってもらっている間にも、ポーションの効果は全身に行き渡り、芯から冷えきった身体の震えは、ひとまず収まった。やはり、即時効果はいいものだね。下級でも命の危機からは脱せられる。まだ満足には動けないけれど。


 継続効果の上級魔力回復ポーションを続けて飲んでいると、漁港から旗が上がった。明るい青色に、白色の雷印。それは、“ヴィシタンテ・エノールミ”が確かに絶命したことを知らせるものだ。


 ……あぁ、今回も、エノールミ男爵としての使命を果たせたようだ。


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