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“ヴィシタンテ・エノールミ”(2)

 4つ年上の兄に凍らせる速さの成長を褒められて、やる気を出して水入り鉄の箱を凍らせていく。とはいっても、今の俺にはもはや流れ作業。早々に退屈になってきた。お喋りしよーぜ。


「なぁウティリザ兄さん。今回は遠出だったな。どこまで言ってたんだ?」

「あー、国内には居たぜ? 薬草の一大産地、ヒエリバス領に入り浸って、そこでホージャスが薬草とその栽培、ポーションの資格勉強をしてるのを、薬草畑の護衛と肉屋からの解体依頼を受けて待ってたわ。あぁ、月の半分は薬草採取もしてたから、暇はしてないな」

「そうなのか。相変わらず、のんびり冒険、楽しんでるな」


 ウティリザ兄さんとホージャス兄さんは『これで飯を食っていく!』ってタイプの冒険者じゃない。一時は本気になろうとしたこともあったらしいが、元は兄さんたちのパーティの一員だったマルバが落馬のケガで再起不能になってしまった。リハビリの後、馬留カフェを始めたマルバに習って、自分たちも好きなことや将来の為になることをこの街の外でやってるって感じだ。


 外に出てるってだけで、ナバーとそんなに変わらないスタイルで、エノールミ領ではそういう人間が多い。なんせ、領主が推奨してるし、冒険者登録の仮登録は6歳から出来るからな。12歳まで本登録は出来ないし、仮の間は最低ランクのFから上がれないけど。でも、小遣い稼ぎにはいいんだよな。俺は本登録せず、仮からすら脱退したけど。


「アイツ、自分の代ではソースじゃなくてポーション売る気なんだぜ。同じ葉っぱものでも野菜とは違ぇんだし、客層違うだろ? さすがに止めるか迷ってるわ」

「魔力回復ポーション作ってくれんなら、一生ご贔屓にするんだけどな」

「今もそのクセに。今回の旅でポーション検定の5級に受かってたから、それの下級なら売っても大丈夫だってよ」


 ちなみに。下級で継続効果の魔力回復ポーションは、大銀貨3枚だ。俺がレティセンにあげた即時効果の魔力回復ポーションは1個上の中級(普通は付けて呼ばない)で、金貨2枚。凄まじい価格差だ。


 でも、近くにダンジョンが2つもあるこの街では需要はすごくある。高くても買う。野菜を売るよりは、ずっと儲かる。


「……シオンちゃんが困るから、野菜売るのはやめないでって言っといてくれ」

「ぶははっ! 本人に言えよ。これから会うんだから」

「そうだった。弟子に勧誘するんだった」


 もし青果店を閉められたらシオンちゃんに嫌われる。そんな切実さが伝わったか、ウティリザは吹き出すように笑ってから助言してくれた。助かる。


 水入り鉄の箱を5個凍らせたとき、今度はウティリザ兄さんの方から話題を振られた。


「そういやさ、ナバーから聞いて、お裾分けしてもらったんだけどよ。お前ら、揚げもん作れるんだな」

「あぁ。領主付きになった報酬で、良質なオリーブオイルを定期的に貰っててな」

「なぁ、家族特典で揚げたて食わせてくんねー?」

「父さん母さんにもごちそうしたし、別にいいけど……。ウティリザ兄さんは食べたことあるだろ? それもプロの味を」

「いやあれは揚げ焼き……」


 領主付きになる前の俺が、少しだけだとしても揚げ物の事を知っていたのは、このウティリザ兄さんたちが話してくれた旅の中に出てきたから。あっちはバターだし量が違うから厳密に言えば違うけど、パン粉を使ってサクサクしてるのは共通点だろう。多分。


「あの時も言ったろ? 商隊をモンスターから助けたお礼に、上品な店に連れてってもらったはいいものの、緊張であまり味は感じなかったって。だからお前らの味で上書きしてぇんだよ」

「なるほどな。いいぜ。いつ食べにくる? リクエストある? あ、どうせならホージャス兄さんとマルバと相談してから言ってくれよ」

「あぁ、分かった……」


 しっかり考えてからまたリクエストしてくれと言ったら、ウティリザ兄さんが少し心ここにあらずって感じに急になった。なんだなんだと聞き出す前に、兄さんの方から答えが返ってきた。


「そうだな。そろそろ“ヴィシタンテ・エノールミ”の時期だから、それが終わってからでいいか?」


 ヴィシタンテ・エノールミ。

 それは5年周期でやってくる、エノールミ湖中ダンジョンから湧く巨大なモンスターだ。湖で自然発生したとは到底思えない魚種のモンスターが、領主館が建つ小高い丘ほどの巨体になってやって来てしまう。

 その種族も様々で、角や鋭い牙を持った魚類、他ではクラーケンと呼ぶらしいタコやイカなどの頭足類。トドなどの海獣類、ウミウシがやって来たこともある。

 ──なぜそんな危険なダンジョンのそばに、街があるのか? それは、エノールミ男爵がいるからだ。


「ソワソワしながら食べるよりは、俺たちもそっちがいいな。兄さんたちも防衛とか、解体作業に参加するよな?」

「おう。あんだけデカけりゃ、肉も魚も変わらねぇし」

「今年は何が来ると思う? 俺はサメ」

「んー、前はクラゲだったからなぁ。今年は硬い亀とか?」

「でっかいウミガメか、いいな。あ、肉貰えるなら俺たちの分まで貰ってきてくれよ」

「あぁ。俺からのリクエスト食材はそれにするわ」

「ははっ、旨いのだといいなぁ」


 きっと数日後に来る未来に期待しながら、全ての鉄の箱の中の水を凍らせていく。

 あ゛ー、さみー。


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