歓迎会と魚出汁の潰し芋揚げと魚と芋の練り揚げ物(6)
俺からの目配せで、レティセンも魚出汁の潰し芋パン粉揚げを食べ始めた。こちらはナイフとフォークで一口サイズにしてから。口の中でサクサク言わせて、満足そうに目を細めて頷いた。
俺は潰し芋揚げの半分にソースをかけつつ、シオンちゃんから作り方っていう話題を引き出した。
「これはねぇ、切ったじゃが芋とニンジンを魚の骨の出汁で茹でたの。あとはマッシュポテトと一緒ね。それを丸めて、パン粉をまぶして揚げたって感じ」
「出汁は魚の骨から煮出してたんだ」
「しかも、オーブンでじっくり、ガッツリ焼き目が付くまでね」
「香ばしさはそれかー!」
急に背筋を伸ばしたナバーは、疑問が解消して嬉しそうに潰し芋揚げを頬ばった。喜んでくれて何より。
ソースがかかってない部分を切り分けて、思い切って半切れを頬ばる。サクッとした衣、中からむちっとふわっと優しい芋が溢れて、良く焼いた魚出汁の香りが鼻に抜ける。噛んでいくと後からニンジンと玉ねぎの優しい甘さも出てきて、細かくなった魚の身に当たると濃い旨味が目を覚まさせる。
そのままでも旨いものを、わざわざ揚げるんだ。無駄に思えた瞬間があったはず。シオンちゃんには頭が上がらないなぁ。
「おいしいよ、シオンちゃん」
「ふふ、良かった。魚はナバーがお昼に届けてくれたものを使ってるの。内臓と血の処理をしててくれて助かったわ」
「そんくらい! 旨いもの食えるんだから惜しまないよ!」
「ふふ、さすがフェルティくんの弟分ね」
「何それ初耳なんだけど」
「俺がそう言いふらしてるだけー」
「なんで……?」
近所の年下の友達くらいにしか思ってないし、こいつにはちゃんと兄がいるし、俺は兄らしいことなんてした覚え無いのに。俺の疑問にナバーは「えへへ」と笑って受け流して、特に答えることは無かった。まぁ、お前が望んでんならいいけどさ。
もう一つの潰し芋揚げにソースをかけていたナバーが、「お?」と声を上げた。
「シオン姉ちゃん、このスモフソースって、ウチの親父の商品?」
「そうよ。ヘルベアおじさんのソースには毎日お世話になってるわ」
「バジルソースもトマトソースも。おじさん、良い趣味見つけたよな」
「へへっ、そうだな! 親父に褒めてたこと言っとくな!」
異国の発祥の地を冠したスモフソースは、野菜や果物、スパイス・ハーブなどを合わせて煮出して作る、少しだけとろみのついた茶色のソース。
そのさらりとした旨味の液体をかけた方も、大口で頬ばる。んー! 甘酸っぱい! 優しい甘さとスパイスがピリッと爽やかに効いている。最初こそソースの刺激が前面に来るが、後は芋と魚出汁の風味が来て、味の変化がやはり楽しい。しっとりしちゃうのも悪くないな。
魚出汁の潰し芋揚げを一つ食べたから、次は丸い方の揚げ物をいただこう。丁度ナバーもそれをフォークで刺して観察していた。
「シオン姉ちゃん、こっちは何て名前?」
「そうねぇ……。魚と芋の練り揚げ物、かなぁ」
「名前長いから考えた方がいいぜ」
「そうかもしれないけどー」
今回も、リーリオなら知ってる揚げ物かもしれないし、無暗に名付けるのは怖いんだよな。勝手に発明した上に勝手に名前付けるなって。
なお、この予想は当たっていて、後日「だから! クロケッタとブニュエロを勝手に閃かないでくれ!」と涙目で怒られた。
「まぁいいや。いただきまーす!」
こちらも大口で噛り付いたナバー。付ける衣が無い為にふんわりと、少しだけサクサクしている表面。こちらは魚の割合が大きいから、もっちり、ふんわりしているはずだ。ほら、ナバーの表情は笑顔だ。
「んふーっ! うまーっ! 確かにこっちは魚の割合高いけど、よく練られてるのと、じゃが芋のおかげで強すぎない! ハーブも爽やかで、俺、この感じをリスエストしてたわ!」
「そう? それなら良かった!」
「本命外れちゃったな、シオンちゃん」
「そうね、あはは」
「あー、ごめん。次はちゃんとリクエストするわ」
「頼むわよ。楽しかったけどね」
シオンちゃんがナバーに向ける許しの微笑みに胸を掴まれつつ、俺も練りもの揚げをいただく。
サクむちっ ふわっむちっ ふわっもちっ……
ポロッと零れる潰し芋揚げとは違って、しっかり固まったタネ。軟らかいけどしっかり噛まなきゃ飲み込めないから、満足度は高い。そして使った魚の風味が鼻から抜けて、上手い。コレはタパスにして酒なりと合わせるのも旨そうだ。飲めないけど。臭みけしのハーブも塩味もちゃんと効いてるから、コレはソースなしで十分美味しいな。
「んー、食感で豆とか入れるのもアリねぇ」
「美味しそう! なぁレティセンはどう思う?」
「……それもいいが、焼き目が付くほど焼くのも、香ばしさが増して旨そうだ」
「リベイクね! 今日もお持ち帰り分あるから、レティセンもナバーも、好きな分持って帰ってね」
「やったぁ! 父ちゃん母ちゃん兄ちゃんとシンテシに分けるから、多めに持って帰っていいー?」
「もちろん!」
お前、油断すると親父じゃなくて父ちゃん呼びになるんだなぁ。なんて一瞬微笑ましくなったが、気になる発言があった。
「兄ちゃん? 今ホージャス兄さんが帰ってきてんの?」
「あ、うん。俺も昼にギルドにモンスター納品しに行った時に顔合わせてさ。ウティリザ兄ちゃんも帰って来てるぜ」
「わぁ、ひさしぶりだなぁ、お兄ちゃん!」
ウティリザ。ガナド精肉店の長男で、シオンちゃんの実兄、俺の義兄。やがて実家を継ぐと公言しているが、今のところは冒険者として活動している。
最近は組んでるホージャス兄さんに言われて、この辺りでは取れない薬草を採取しに遠方へ行ってたんだが……無事に採取出来たんかな。
「教えてくれてありがとな、ナバー。それはそうと、揚げ物食ったからには稽古、頑張れよ」
「おう! すぐに大量に作れるようになってやるぜ!」
意気込むナバーは左手を天高く掲げた。拳はフォークを巻き込んで握っていて、なんとなく、締まらなかった。
スモフソース : ウスターソースのこと。スモフは英語でさらりとしたの意
クロケッタ : クロケットのスペイン版
ブニュエロ : 魚と芋を練り合わせた揚げ物