歓迎会と魚出汁の潰し芋揚げと魚と芋の練り揚げ物(4)
8月11日、月曜日。今日は第二週目の月曜日だから、領主館に氷を卸す日であり、弟子のレティセンとの稽古の日であり。そして、おめでたいことに、ナバーの弟子入り記念日だ。
「南地区ザラフォリア青果店とこの次男、ナバーです! 今は冒険者としてエノールミ湖で魚型魔物を狩ってます! 適正属性は水、特技は魚みたいに泳ぐことです!」
「改めて、ようこそ。新弟子ナバーを歓迎するよ」
「フェルティ兄ちゃん、硬すぎ~」
「最初くらいは、な。あと、立場とメリハリの為に、稽古中は俺に対して敬語でいるように。気張れよ」
「うん。あ、はい! 稽古も敬語もがんばります!」
自己紹介を終えたところで、俺は新弟子ナバーと握手を交わした。
外は陽が傾いてきた頃、凍らせ屋の受付奥で、新弟子ナバーの歓迎会が行われていた。控えめな音量で拍手をしていたレティセンも「よろしく」と言って握手を求めた。
「よろしくお願いします、レティセンの兄貴!」
「……シンプルに、さん付けでいい」
「気分で変えまーす! レティセンの兄貴は俺のこと呼び捨てでいいですよ!」
「……そうか」
「レティセン、不快に思ったら言っていいからな?」
「えぇっ!?」
兄弟子に対しての敬意が足りない発言だったぞ。レティセンが言わないなら、俺が代わりに言っとかないと。当の本人は気にしてなさそうだが。年齢が一回り以上違うからか。えっと大体、20歳差?
まぁいいや。話を進めよう。
「歓迎会の続きは食事と共にしよう、ナバー。これから手本をこちらのレティセンが見せる。水属性での氷の作り方を学んでくれ」
「あっそっか! フェルティに、師匠は熱属性だから……。レティセンさん、よろしくお願いします!」
「……ああ」
おいレティセン。荷が重いって顔すんな。いくら相手が天才で名が通ってるやつだからって。この分野の先駆者で講師は、お前しかいないんだぞ。頑張れ、兄弟子。
レティセンはバーカウンターの中へ入って、カウンターの上に小皿を置いて、そこに魔法で水を張った。
「まずは水属性で氷が作れることを、キチンと見せよう」
「おおっ! デモンストレーションですね! ありがとうございます、お願いします!」
「……そんな大したものじゃない」
「派手じゃないのはフェルティ師匠で知ってまーす」
「おい」
その通りだけど。
注目してる態度よりは期待されていないことに胸を撫で下ろしたレティセンは、「いくぞ」と宣言して、小皿の水に手を翳した。
「──“水よ 止まれ。冷たく 硬くなれ”」
俺の知らない呪文を唱えた途端、皿の水に氷の膜が張り、迸る冷気の中で水はピキピキと音を立て、あっという間に凍りきった。皿の上から手を引いたレティセンがふぅ、と息をついた。
「……こんな感じだ」
「す、すげぇ……! レティセンさんって、本当に熱属性じゃ、氷属性じゃないんですよね!?」
「風と水。風の方が得意なくらいだ」
「そうっすよね!? でも、氷がこうして……! 水って止めると氷になるのか! 熱を奪ってじゃなくてもいいなんて!」
「……あくまで、一例だ」
「ナバー、お前にはお前のやりやすい方法があるだろう。早く氷を作りたい気持ちもあるかもしれんが、まずは理解を深めてくれ」
「当たり前じゃん。俺には魔力コストを減らせるかどうかっていう検証も任されてるんだからさ。研究の為に、もっと見せてくれよ! レティセンの兄貴と同じやり方でいいなら、それが良いけど」
「……そうか」
照れるなよレティセン。お前は凄いんだぞ。先駆者さん。
その後は俺が『温度による水の動きや粘度の変化』、『器の素材の違いで氷にする時間の差』、『触れている素材での溶けやすさの差』なんかを見せた。最後はまたレティセンがオレンジで実践して見せた。
皮を剥いて、一房一房に分けてから、果肉の中の水分を止めた。指先の熱ですぐに溶ける程度の冷たさで、いただくと口の中でシャリシャリと心地よい。溶けて冷たい果汁が口を満たし、舌を幸せにしてくれる。
すぐにレティセンに許可をもらい、キッチンで調理してるシオンちゃんにあ~ん♡してきた。揚げ物調理はずっと日の前に立つ調理だから、こうやってクールダウンしないとな。
「うーん♡ おいし! フェルティくんありがと。レティセーン! ありがとー!」
カウンターとキッチンを隔てる酒棚の壁越しに、少し張り上げた声で「ぁいっ」と返事か来た。敬語とタメ口で迷ったのが丸わかりだった。そのまま迷っててくれ。何ならシオンちゃんには敬語でいろ。シオンちゃんが許しても、俺が許さん。