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衝撃との出会い、これまでとの別れ(3).

 そうしてやって来た食事室。大きく丸いテーブルが部屋の中央に鎮座し、中央には赤や黄色の花が飾られている。席にはそれぞれにナプキンが乗った皿と、レモン水の入ったワイングラスと、何本もカトラリーが並べられている。あぁ、緊張してきた。確か、外側から使うんだよな。

 案内された席に着いたら、同じく席に着いた左斜め前の領主に礼を言う。


「改めて、領主様。本日は夕食会にお招きいただき、ありがとうございます」

「うん、3年も毎週欠かさず氷を収めてくれたこと、感謝するよ」

「4年目も、変わらぬご愛顧をよろしくお願い致します」

「もちろんさ。さぁ、我が家自慢のシェフたちによる素晴らしい料理をご堪能あれ」

「楽しませていただきます」


 夕食会は、夕食会。貴族でよく聞く晩餐会じゃないから、コースは3品。前菜・スープ・メインディッシュ。10品前後あるらしいフルコースなんて、平民は肩が凝る。

 まもなく、シェフによって前菜が届けられた。ナスやズッキーニ、赤パプリカなどの6種類の焼き野菜と、小さくケーキカットされたトルティージャ(じゃがいもの入ったオムレツ)だ。おっと、ナプキンを膝の上にかけないと。折り目が自分側、だったな? あ、パンも来た。


「こちらの焼き野菜のマリネとトルティージャには、澄んだオリーブオイルを使用しております」

「澄んだオリーブオイルだって? それは、純度が高いということですよね? アッセイテ領産の高級品では?」

「御目が高いね、フェルティ。さ、フェルティもシオンくんも、召し上がれ」

「はい、いただきます」

「いただきます」


 ナイフとフォークを手に取り、焼き目が付いた人参を刺す。口へ含むと、冷たさを感じ、フルーティーなオイルとさっぱりなお酢のマリネの風味が来て、すぐに火の通ったニンジンの甘さが口いっぱいに広がる。冷たいのか! 焼いているから温かいとばかり。

 

「美味しいです。丁寧な質の良い油でのマリネが野菜の良さを引き立てていますね」

「ふふ、それはよかったよ!」

「フェルティ。このサラダをよく冷やしているのも、あなたが作った氷ですのよ。冷たさは一種の調味料。サラダが美味しいのは、あなたのおかげです。ね、アマリア」

「うん! フェルティくんの氷のおかげでアマリア、野菜をいくつも克服できましたのよ! 感謝しますわ!」

「恐れ入ります」


 お、おい、そういうことかよ……。あと、子供をけしかけるのは、違うだろ。今だいぶ心が揺れたぞ。こらシオンちゃん。こっち見て『良かったね』って微笑むんじゃない。言葉でやりがいを感じさせて囲い込もうとしてるんだぞ。シオンちゃんも自由じゃなくなるから専属は困るって言ってたろうに。


 内心ヒヤヒヤしながら前菜を食べきり、近くに置かれた白パンで口直しをしていると、スープが運ばれてきた。トマトで赤いスープは、こちらもよく冷えていた。


「冷たい、トマトスープ……?」

「トマトでは初めてね」

「来る夏の暑さに負けないよう、トマトなどの野菜を加えて栄養価を高めた、ガスパチョを開発しました。……(お前の氷、大活躍だったぜ!)」

「あ、エルナン……って、ガスパチョ?」


 緊張で気が付かなかったが、このスープの担当シェフは氷室管理人でもあるエルナンだった。白い調理服を着ると見違えるな、お前。

 取っ手の付いた器で提供された、トマトが主なこのスープ。どうやら俺の知らないガスパチョらしい。知ってるヤツなら、水と油と酢、ニンニクに塩と、硬くなったパンとか入れるんだ。めちゃめちゃ労働者階級のスープだぞ、不敬罪とか大丈夫か、お前。

 ……しかし正直、ちゃんと美味そうだ。


 トロっとしているだろう赤いスープには、細かく切られた黄色パプリカやきゅうりの他に、澄んだオリーブオイルが円を描くようにかけられ浮いている。こちらも素材が良いものだけで仕上げているんだろう。


 領主が微笑んで、手のひらを見せて指し示してきた。


「さぁ、新生ガスパチョを召し上がれ」

「「いただきます」」


 味の変化を楽しむために、最初はオイルがかかっていない部分をスプーンで掬う。口に含むとすぐにトマトの旨みと、ニンニクのパンチ、ピーマンの青いクセが嫌味なく効いていた。少々もったりとした食べごたえは、酢が後味をスッキリとさせてくれる。

 三口目からは、オイルも絡めていただく。


「! おぉ……」


 深みが増した。これはいいな。畑仕事とかで火照った身体を冷やすガスパチョ、がこんな丁寧で豪華な一品に生まれ変われるなんて、本当に驚きだ。“俺が仕事先で出くわした愉快なこと”を話題にして会話をしつつ、スープを嗜んだ。



 よく噛むサラダに、食べごたえのあるスープとパンを半切れ。腹の虫の具合はだいぶ落ち着いてきたが、まだ空いている。しかし、さすがに寒くなってきたな。


「ここまで冷たいものが続きましたね。初夏ですから涼しい腹心地で、快適ですよ」

「(ちょっと!)……冷たいスープは初体験で目から鱗でした。だからこそ、この後はどんな料理が出てくるか楽しみです」

「はっはっは。安心したまえ、メインディッシュは温かい、いや、熱い料理さ」

「おお……」


 熱いのか。焼き・無視・茹で・煮る・炒める……。さぁ、何が来る? 肉も牛系? 豚系? 鳥系? エノールミ領名産の魚を使ってるかもしれないな。


「想像が膨らみますね」

「必ず驚かせるさ。その為の食事会なのだから」

「楽しみです」


 揺るぎない自信だ。せっかくの好意だし、遠慮なく驚こうか。



 パンッ、パンッ!


 領主が手を打ち鳴らし、シェフを呼ぶ。メイドが開けた扉の奥から、台車を押すシェフが現れ、計3台が続々と入ってくる。

 丸い銀の蓋を被せられた皿が俺の前に置かれる。妻のシオンちゃん、領主、夫人、お嬢様の前にも皿が置かれると、領主に自分で開けるように言われた。人を揶揄うこと、驚かせることが趣味な悪い人からの指示に良い気はしないが、正直持ってみたかったから、素直に蓋の持ち手を掴んだ。

 小さな領の、市井とも距離が近い領主とはいえ、男爵だ。貴族の言う“珍しい料理”。いったい何が出てくるのか。一つ息をついて、蓋をカパッと開ける。


「おお……?」


 蓋の中から現れたのは、白い皿の中央に鎮座する、茶色の、四角い何か。香ばしい香りがする。よく火が通されてるのは分かるが、焼き目らしいものは無い。

 なんだ? 話に聞くコートレットじゃないのか? あれもパン粉をまぶした肉なんかを、フライパンで焼きながら、多めのバターを回しかけて仕上げる料理だったはず。でも、これは……?


「これはエノールミ赤毛牛のカツ。パン粉を衣にしたものを、たっぷりの油で、揚げた料理だ」

「たっぷりの油? アゲた?」


 油というのはもしや、モンスターや動物の肉の脂を抽出したものではなく?

 目を見開き絶句する俺を見て自慢げな領主は、更に笑みを深めた。


「もちろん、先程までマリネ液やスープにも使われていた、オリーブオイルさ。この手のひらサイズの牛肉が5つ、すっかり浸かるほどの油でじっくりと、オーブンで焼くように揚げたのさ」

「……」

「それはまた……。珍しいを超えて、平民の私たちには凄まじい贅沢ですね」


 目眩がしてる俺の代わりに受け答えしてくれるシオンちゃん。彼女は牛のカツとやらを目の前にして、笑顔だ。豪快なものが好きだものな、シオンちゃんは。


「さぁ、召し上がれ」

「いただきます。……フェルティくん、ほら」

「あ、あぁ。いただきます」


 皿にはカツの他に、千切りにした生のキャベツと玉ねぎを合わせたサラダが、カツの周りにはトマトソースが丸く添えられている。絵画みたいだ。

 ……冷める前に、いただこう。なるべく皿の音を立てないように、ナイフとフォークで切り分けた。


「──!」


 なるほど、これがカツ。サクッとした手応えと散った衣の欠片が、軽やかさを覚えさせる。断面は、おや、ステーキと同じくらいには赤みが残ってる。オーブンでじっくりは嘘じゃね? しかし、滲んだ肉汁が灯りに照らされてきらめいている。美味そうだ。

 まずは、何もつけずにいただこう。


「……おぉ!」


 な、なんだこれはーーッ!?

 切った時から感じていたサクサク感が、口の中でも小気味いい! 噛むたびに肉の中に閉じ込められていたジューシーな肉汁が溢れ、熱い旨みが口の中に広がる! ソースなしでもこれなのだ。下味の塩や、そもそもの肉が質の良いものなのだろう。そうだ、赤毛牛は赤身が旨い高級牛じゃないか!


 次は真っ赤なソースをつけて。──うん! トマトの旨みとスパイスの刺激、オイルの深みが足されて、更に旨くなった!

 これが、これが“カツ”か!


「素晴らしいだろう、この料理は」

「はい。油の海に浸かったはずなのに、油漬けのような油っぽさなどとは無縁で。トマトソースとの相性も抜群ですね」


 俺の感想に領主は「そうだろう、そうだろう」と深く何度も頷いて、カトラリーを皿の上でハの字に置いた。えっ。


 笑みを深めた領主は組んだ手に顔を寄せ、獲物を狙うかのような目付きで俺を見た。興奮していた体が、スッと冷えた。


「どうだい? 我が家専属凍らせ屋になれば、毎週、夕食会に招待しよう」

「なっ……?!」

「揚げ物の世界は、奥深いぞ?」


 こ、この贅沢な揚げ料理を、毎週だって?!

 いや待て、落ち着け。俺の喜びはなんだ?


「フ、フフフ……。わ、私のよ、喜びは、シオンちゃんとの2人きりの夕食ですので」

「おや、素敵じゃないか」


 そうだぞ、だから引け!


「ではこうしよう。月に一度、揚げ油を持たせよう」

「ぐっ!?」

「シオンから、2人で料理をして楽しんでいると聞いたわ。そうね、最初の3ヶ月はシェフを派遣しましょう」


 うぐっ、領主夫人まで説得に回ってきた!? って、揚げ油ってなんだ!? どれだけの量を一度に使うんだ?! それってどんだけ費用がかかるんだ!? レクチャーしてくれるのは助かる、だが……!

 お、俺は、シオンちゃんとの穏やかな時間を守る義務が!


「お、お話は大変、魅力的ですが……!」

「領主様」

「えっ」


 固い意志で勧誘を断ろうとした俺の右隣から、シオンちゃんが声を揚げた。夕焼け色の瞳は真剣そのもので──な、なんとも言えねぇ感情が!


「なんだい、シオンくん」

「納品頻度の変更や、報酬の増額度合いはおいくらでしょう」

「そうだね。今の週1回、金曜日に、第2・第4の月曜日を加える形で。増量もしてもらおう。報酬は5割増しでどうだい?」

「2倍で」

「揚げ油の分、引かせておくれ」

「8割増し」

「……シェフを派遣する間は5割、それ以外は7割増しでどうだろう」

「フェルティくんの弟子を募集することに、更なるご協力を」

「引き受けよう」

「ありがとうございます。良い取引でした」

「こちらこそ」


 少々怖い顔で交渉してた領主とシオンちゃんが、立ち上がって、俺の後ろで握手する。それを夫人とお嬢様が拍手でお祝いし、張り詰めていた空気は和やかなものに戻った。


「フェルティ、これからもよろしく頼むよ」

「あ、はい」

「しっかりしてね、フェルティくん。取れた弟子が成長するまでの辛抱よ」

「う、うん……」


 いや、まぁ。ウチの店はシオンちゃんがオーナーだしな。決定権はシオンちゃんにあるけども。


 シオンちゃん、俺との、2人っきりの時間はいいのぉ……?


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