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新しい油とエスカベーチェとアドボ(6)

 話のキリが良いところで、テンチのアドボを頬ばった。


 サクッ ふわっ ほろほろ……


 おぉ、口の中に広がる旨味が、キイロガーとは違う。何が違うのかはよく分からないけど、こっちの方が優しいっていうか、穏やかっていうか。モンスターの方が野性味が強くて、それはそれで旨いのは獣系も魚系も変わらないな。


「それにしても、うらやましい。暑い日のデザートにも、肉や魚の切り分けにも便利な魔法を開発して活用してるだなんて。なんで今日はやってくれなかったのさ」

「いや、薄く切る必要がないだろ。包丁の切れ味は悪くなかったろ?」

「そういうことじゃなくって。……いやまぁ、君の魔力をいたずらに減らしたいわけじゃないから、いいんだけどね」

「ああ。それは、悪いことをしたな」

「いいよ。次回、使わせるレシピを提案すれば良いだけだからね」

「冷たい揚げ物……?」

「おぉ、そういう考え方もあるね」

「違うのかよ」


 信じられない気持ちでかなり突飛な考えを口にしたのに、否定された。しかも何かひらめきのタネになったらしい。何するつもりだ。

 「ジャムを伸ばして……」とか言い出した恐ろしいリーリオは無視して、左隣のレティセンに味の感想を尋ねた。


「……美味い。この間の魚のつくねとは違って、ムチムチよりはふわふわといった食感で……。粉を付けて揚げると、カラリとしつつふわふわするんだな。酢の酸が筋繊維を多少切ったのかもしれない」


 お前が今想像してるのって、もしかして、スライムとかのモンスターが溶解液で何かを溶かしてるやつだったりしない? ウチにある酢は攻撃力なんてねぇぞ?

 ブルリと肝を冷やしながら、「日中、酢漬けにしてたからなー」と返した。時間。そう、時間がきっと解決したんだ。ちょっとしたわだかまりみたいに。


 最後にカワムツのアドボに手を付けた。

 身がそうなら骨もそうだろう。多少長くじっくり揚げた小魚なカワムツ。細くてさほど長くもないから、一口で行く。


 ザクッ グッ にっにっ……


 低温で長時間揚げたおかげか、骨は気にならなかった。身はついている方では無いが、噛めば噛むほど出てくる濃い旨味が苦みで引き立って、やっぱり旨い。俺、カワムツ系好きかも。サイズ感が良いのかな。これ、辛いのに合いそう。辛口パプリカパウダー、取ってこよう。

 さっさっさっ、と赤い粉を振って、程よく付いたものをパクリっ。うん! マスタードとは違う刺すような刺激が、魚と衣の油を切ってる感じ! さっぱりしたいならレモンでキューっとするのも良さそう。それはどれもそうか。レモンの木を植えよう。


「レティセン、辛いの得意ならコレ、かけてみるか?」

「……貰おう」

「え、パプリカパウダー、私も欲しい。くれ」

「みんな、辛いの好きねぇ」


 シオンちゃんはピリ辛程度しか好きじゃないからね。おかげで減りが遅いから、手伝ってくれ。



 エスカベーチェを半分と、余ったアドボ(主にキイロココディリロガー)をレティセンとリーリオにお裾分けした、翌日。

 今日も今日とて朝早くから、漁港へ氷を納めに行く。その前に軽くでも食べなきゃ、俺は力が出ない。というわけで、今日は朝から揚げ物だ!


「シオンちゃん、昨日から漬けてあるエスカベーチェはどんな感じー?」

「こんな感じー!」


 残る用意は腹の虫を抑えるだけになったから、キッチンに入って朝食の準備をしてくれてるシオンちゃんに尋ねたら、わざわざ持ち上げて俺に見せてくれた。

 すぐに作業台に置かれた冷たいグラタン皿には、酢に漬かった揚げ魚がみっちり入っている。心なしか膨らんでいるように見える。

 既にサラダが盛られた陶器のプレートに、トングでがっつり掴んで並べていく。ひとまず、テンチが2切れ、キイロガーも2切れ、カワムツは4匹。一緒に漬けてあったニンジンやパプリカ、セロリとかもわっさり、魚の上に乗せて。あとはトーストしたバゲットを添えて。


「さ、すっごくボリューミーだけど、急いで食べてって」

「うん。いただきます」


 命に感謝して、いただきます。こんだけ食べたら、今日もバテずに切り抜けられるはず!

 こんもりとした山みたいなサラダを食べきったら、よく冷えたエスカベーチェをいただく。


 ぐっ 酢っ! ふわもちっ ほろほろほろ……

 にぎっ 酸っ! にぢっ にっにっにっ……


 どの魚も最初に来るのは目が覚める酢の刺激。揚げたことを忘れるさっぱりさ。火の通った魚らしい身の解け感。骨まで軟らかいカワムツからは旨味もどんどん押し寄せてくる。旨い。

 揚げ物の命だと勝手に思ってるサクサク感はまるでないが、焼いたものより身がしっかりしてるような気がする。衣があるから酢に漬けても崩れないんだろう。

 酢漬け野菜のシャキシャキ感も楽しんで、バゲットをむしゃむしゃ無心で急いで食べてたら、後ろで愛馬のリンドが落ち着きを無くし、表の方から早歩きの馬の足音が聞こえてきた。バラトとテロホが迎えに来た! 早くねっ!?


「ごちそうさま! 歯磨き……!」

「はい、お昼のサンドイッチ! ここに置いとくからね!」

「ありがとう!」


 あぁ、今日もシオンちゃんとゆっくり朝ごはんを食べられなかった……。

 早く! 弟子を! 多く取る!!!


 しゃこしゃこ、歯ブラシを手早く動かして歯磨きしながら、何度目かの誓いを立てた。


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