新しい油とエスカベーチェとアドボ(3)
「一息付けたかい? それじゃあフェルティには続けて揚げ工程を担当してもらおう。今日は揚げ焼き。フライパンを使って揚げてくれ」
「そんな広くて、火事の心配は……気を付けてればいっか。揚げ油を温めるから、そこ退いてくれ」
「うん、ありがとう。じゃあシオンが衣付け出来たものから揚げちゃって」
「あぁ」
「フェルティくんが捌いてくれたキイロガーの衣付けも、やっておくからね」
「助かるよ」
揚げながら焼くって、これもまた贅沢だな。揚げ鍋より広いから、指の第一関節より低い嵩でも使用する油の量はどっこいどっこいなんじゃないか?
それにしても、新しい油って気分がいいな。そりゃ4本の瓶を順番に開けてったから度々見ていたけれど、そういうんじゃない。新しく絞られた油が良いんだよな。
魔力を流して温めて、俺の手が限界を迎えたら、竈の火にフライパンを置いた。良い感じの熱気を感じ始めたら、粉を油にちょっと散らして温度を測って、丁度良さそうだから、カワムツを静かに油に入れていく。
シュワーーー! ぶくぶくぶく……!
入りそうだったから16匹全部入れた。泡の勢いが落ち着いて魚の形が見えてきたら、ひっくり返す。ひよこ豆の粉がより濃く黄色に色づいて、美味しそうだ。
泡がさらに落ち着いて、トングで持ち上げてジリジリと振動がしているのを確認したら、上下に振って油を振ってから網の上に置いていった。心なしか、魚体がまっすぐだ。小麦粉より色がついて、トングで撫でた感じもよりカラッとしてる。このまま食べても旨そうだぁ。1匹ずつシオンちゃんと味見したけど、サクサクして、少し苦くて、魚の旨味があって美味しかった。俺、コレすんごい好きかも。
焦げた粉を網杓子で回収したら、次はテンチの切り身を揚げていく。9つの白身の切り身がギリギリ入ったフライパンで、同じような軽い音と泡が上がる。油の量的に切り身の揚げダネが浮かぶことはないから、泡が落ち着いてからひっくり返す。表面に火が通ってない内に触ったら、衣が底にくっついちまうからな。
揚げた後、小さな切り身をやっぱりシオンちゃんと分けて味見。割ったところから湯気が上がって、白身が輝いていた。勿論旨い! サクサクして、噛むたびに旨味が口に広がって。揚げた甲斐があるよ。火もちゃんと通ってて良かった。
最後にキイロココディリロガーの切り身の揚げダネ。リーリオが水気を拭いて、シオンちゃんが下味と粉衣を付けた厚みのあるコレは、油の温度が下がらないように8個ずつ揚げていこう。頭なしで1mくらいあるキイロガーは半身でも、大きく切っても、45切れくらい切り出せた。腹側と背中側で分けたりしたらこんな数に……。
「シオンちゃん。シオンちゃんが魚買ってきてくれたんだよな? なんでこのラインナップなの?」
「えーっと、大・中・小ってあったら分かりやすいかなって」
「キイロガーが極大すぎる。ふはは、シオンちゃんらしい豪快さだね」
「でしょ?」
微笑みながらシオンちゃんはそう言って、俺に向かってバチンッ! とウインクをくれた。可愛い!! 破壊力がすごい!!
俺がシオンちゃんの愛しさに胸を激しくときめかせていたら、キッチンにレティセンが帰ってきた。まな板の上のボウル2つには、てんこ盛りの千切り野菜たちが。
「リーリオ、野菜の千切りが終わったぞ。確認してくれ」
「はっや!? 結構な量があったはずだよ!?」
リーリオ。レティセンは主食の肉とキャベツのパンケーキの為に、千切りキャベツが異常な程早く出来るようになった男なんだ。そういえば知らなかったっけ。
カウンターで野菜を切っていたレティセンが戻ってきたから、リーリオはキャベツ以外の野菜でマリネ液を作り始めた。
火を着けた魔道竈の上に、そこそこの量の油をしいたフライパンを置く。温まったら千切りにしたニンジン、セロリ、玉ねぎ、黄色のパプリカを入れて、しんなりするまで炒めていく。
玉ねぎが透き通ってきて、オリーブオイルとは別に火が通った野菜のいい香りがしてきたら、モルトビネガー、水、ローリエ、塩を混ぜたものを注いで、ひと煮立ちさせる。ゆっくりと炒め、色が変わってきたらフライパンを竈の火から下ろした。酢の香りすんごい。
「本当は揚げてからこのマリネ液を作って、熱いまま揚げ物を漬けるんだ。もう一鍋分作るから、多分その頃には揚げ終わってるでしょ」
「そうだといいな。ん? 漬けるって、何時間漬けるんだ? 冷めるときに味が染みるのは知ってるが……」
「理想は1日かな」
「「い、一日ぃ!?」」
「最低でも数時間、今からなら一晩は置いてほしいな」
「そうなの……」
シオンちゃんもそれは聞いてなかったらしい。見事にハモっちゃったね。……えぇ、今揚げてるの、今日は食べられないんだ? ちょっと力抜けた……。
「おいおい、そんな悲しそうな顔しないでくれよ。エスカベーチェはそうだけど、アドボは今日食べられるんだから、気を落とさないで」
「あ、そっか。アドボの事忘れてたな」
「そうね。レティセン、保冷庫から魚が漬けてあるボウルを出してくれる? って、もう水分切ってくれてるの?」
「リーリオに指示されて。……それにしても、多いですね」
「生よりは保存が効くだろうから、全部一気に揚げちゃおうって思って。フェルティくん、もう一つの揚げ油も温めてくれる?」
「そうなるよなぁ」
今月も揚げ油の消費は多いんだろうなぁ。もっと弟子を取らなきゃ。