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新しい油とエスカベーチェとアドボ(1)

 今日も今日とて、氷を納品。領主館で氷室担当のエルナンに見守られながら氷を10柱作ったら、帰るために馬小屋へと向かう。そこで俺を待っているのは幌馬車を引く馬と、弟子で御者のレティセンと、何かを持った人影が1つだ。

 大きめのバスケットを持った人影がこちらを振り向く。正体はシェフのリーリオ。彼女は俺の姿を認めると、急にムッ! と顔をしかめて、俺の方へズンズン向かってきた!


「やいやい! フェルティ! 君は、君たち夫婦はとんでもないことをするね!」

「ご挨拶だな、リーリオ。俺たちが一体何をしたって?」

「すごいスピードで開発してるだろう!? 揚げ物の!」


 それの何が悪いんだって言い分は、怒りに燃える目に焼かれた。なんだよぉ……。


 今日は8月1日、金曜日。領主館に氷を納品する日であり、弟子のレティセンとの稽古日であり、そして、月に1度の揚げ油を貰える日だ。

 その揚げ油の補充をしてくれるリーリオは、俺たち夫婦に揚げ物の指導をしてくれる師匠ってところだ。そんなリーリオが、どこか悔しそうなしかめっ面で俺に迫ってきた。


「今月はどんな揚げ物を教えようかとわくわくしながらシオンに相談しに行ったら、もう既にたくさん開発してるようじゃないか! 肉のカツは勿論、野菜のカツ! 肉で野菜を巻いたカツやフラメンキン、粉だけで揚げたり! 極め付けは、玉ねぎの花揚げ!? 領主館で出すよりオシャレなものを思いつかないでくれよ! 教えてないのに、チーズを挟んだカチョポっぽいものまで閃いちゃってさぁ!」

「ふ、フラメンキン? カチョポ?」

「フラメンキンは豚肉で生ハムやチーズ、茹で卵を巻いた棒状のカツ。カチョポは牛肉で生ハムチーズを挟んだカツ。──って、話はそこじゃない! 私から教える楽しみを取り上げないでおくれって話だよ!」

「んなこと、言われたって……」

「そろそろ出ませんか。言い合いは馬車の上でも出来る、でしょう」

「……そうだね」


 いつまでも馬小屋の前で言い合うよりは良いが……。俺がリーリオから追及を受け続けるのは避けられないからなぁ。憂鬱~。


 幌馬車に乗り込み、左隣に座るリーリオから目を逸らして開けた正面を見据える。あー、前座席のレティセン越しに見えるフランテブランカの鬣、ふわさらっとしてて愛らしいなー。尻尾もそうだねー。


「……はぁ、悪かったよ。理不尽な八つ当たりの自覚はある。だから、あからさまに避けないでくれよ」

「……俺たちは、揚げ物を楽しんでただけなんだからな?」

「あぁ、そうだよね。4本あった油の瓶が空っぽになっていたんだもの。レティセンは勿論、2人の両親にも振る舞ったんだって?」

「あぁ、大好評だったよ。……オイ待てゴラ、何俺の許可なく家に上がってんだ。シオンちゃんに何かしたらぶん殴るぞお前」

「私が女だってこと忘れてないか??? しっかり異性愛者で、人のものに興味ないから!」

「ふ~ん?」

「き、君、初対面の時から私に厳しくないか?」

「そうだな」

「そうだな!?」


 「何が気にくわないんだよ」という困惑顔が見れたから、もうリーリオを許してやろう。大体、発明の9割はシオンちゃんなんだけど。本当に俺に言われても困るんだけど。


 言い争う俺たちの声をガン無視して、馬のフランテブランカを走らせるレティセン。領主館が建つ小高い丘から続く緩い坂道。夏でまだまだ日の高い空の下で、仕事を終えてのんびりする店、これからが稼ぎ時の店とがあって、まだまだ活気は収まらなさそうだ。俺は勿論、のんびり遊ばせてもらう側だ。


「話は変わるが、リーリオ。今日はどんな揚げ物を教えてくれるんだ?」

「調子いいな、君ってやつは……。今日は君たちがまだ気づいていない調理法を教えるつもりだよ。驚く覚悟をしな」

「気付いていない、調理法?」


 揚げ物なんて、下味付けたタネを粉やパン粉の衣で包んで、油で揚げるものだろう? 外のサクサク感と、蒸された中のジューシー感を楽しむものだと思ってるんだが……?


「あぁそれと、今日はこの粉を衣にするから」

「?」


 リーリオは4本の油瓶も入ったバスケットから、手のひらサイズの布袋を見せてきた。カサッと音がしたから、中でまた紙袋にでも入ってんのかな。いや、何の粉が入ってんだよ。これじゃ分かんねぇって。二重包装しているものの外側だけ見せられても困る。


「その粉が、今日教えてくれる調理法に大事になってくんのか?」

「いや? 小麦粉でも構わないよ。こっちの粉の方が色もタネの形もきれいなままでいられるんだ。──あぁ、これだけは言ってもいいかな」


 バスケットの蓋を閉じたリーリオが、俺の目をしっかり見て口角をクイッと上げた。自信ありげな笑みは、やはり女性から人気を集めそうなくらい、男前だ。お前メイドさんから人気だろ。女だけど。


「君は知っているか? エスカベーチェと、アドボを」

「? 初めて聞いたな」


 この流れで言うんだ。揚げ物の名前だってのは分かる。だがどんな製法なのかはてんで見当つかない。だが、名前を知らなくてもそれっぽいものを、ふ、フラメン? あちょぽ? を発見した俺たち夫婦だ。案外これも……?


「自分たちの発想に期待しても無駄さ。シオンから聞いたレシピの中に無・い・か・ら、提案してるんだからね」

「ぐっ……。な、何かヒントをくれ」

「そうだなぁ。んー、酢を使うってところかな」

「酢ぅ?」

「うん。さぁもうヒントはあげない。家に着くまで考えておきなよ」

「退屈しなそうでいいな」


 酢、酢、酢……。なんとなく思いつくのは、下味に使うってとこか。待て、肉か魚か野菜かも分からん。組み合わせかもしれん。例えば、ピクルスを肉で巻いたものかも。……うーん、さすがに飛躍しすぎか?


 顎に手を当て、うんうん唸りながら悩んでるうちに、家に着いた。すごいな俺、ずっと悩んでたの? まぁ、おかげでまた新しい揚げ物が思いつきそうだけど。浸けるの、酢じゃなくてもよくない?


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