衝撃との出会い、これまでとの別れ(2)
人の背丈ほどもある金属板で作られた箱に、両手を当てる。手のひらを通じて魔力を流し、金属箱の中の水から熱を奪っていく。4面目のそこは既に冷え切っていたが慢心せず、箱の中央まで意識して熱を奪い、念入りに凍らせた。
最後に手の周りにだけ熱を与え、霜が溶けて水滴が垂れる金属板から手を離した。あぁ、冷たかった。
「終わったぞ。確認を頼む」
「おう。……うん、氷室用巨大氷、10柱。確認した。今週もありがとな、フェルティ!」
「これが仕事だ」
濡れた手をハンカチで拭っていると、防寒コート越しに背中をバシバシ叩かれた。氷室管理人であるエルナンはいつも重いもんを運んだり、料理人でもあるので調理の力仕事なんかをこなしてるおかげでか、腕が逞しくてパワーがありやがる。痛ぇよ。
「んなカタくなんなよ! このあと領主様に夕食会に招かれてるだろ? 今からそんなんじゃ、俺たちの料理堪能できないぞー!」
「……そうだな」
領主は、でっかいヴェンダル地方の中の、巨大な湖・エノールミ湖を抱えたこのエノールミ領を治める男爵様だ。我がグアダルキビール国の南部に位置するこの地方では氷が貴重で、故に週1で取引してるお得意様だ。
今日は取引開始から3周年記念として、夕食会に夫婦ともども誘ってもらっていた。というか、別に緊張はしてないんだよ。警戒はしてるが。
氷ですっかり冷えた氷室から出て、管理人エルナンが鉄扉に南京錠を2つ、ガチャンと掛けた。その時、背後から足音がした。
「おや、もう終えたのかい? フェルティ」
「領主様。……俺の仕事ぶりを見逃しましたね」
「はははっ、本当にね! しかし、これで今週も我が家の食は安全を保たれるよ」
「そうですね」
「ははは! 自信家め!」
俺の不遜な態度もご機嫌に笑い飛ばすのは、噂の領主、デメトリオ・エノールミ男爵だ。青みがかった黒髪を油で撫で付け、優しげな面差しの中で印象的な瞳は深い青。鼻下にたくわえた口髭は上品さとどこか親しみがある。
実際、税は取りすぎないし、インフラは整備・維持されて、馬車も走りやすい道路だ。南側の山と湖の底にある2つのダンジョン及びモンスター対策も過不足なく行っていて被害は少ない。とても男爵位の規模で成せるもんじゃない。素晴らしい、尊敬に値する領主様だ。なんで男爵位なの?
「その自信と、3周年を記念して。これを機に男爵専属凍らせ屋にならないかい?」
「申し訳ございません。今の取引先も大切にしたいので」
「そこも調節すると提案しているのになぁ」
……なんだが、この方、度々俺を専属にしようと勧誘してくるから、苦手だ。今でも朝からカツカツでやってるのに、調節なんかできるかよ。俺はシオンちゃんの采配を信じてる。
今日の食事会に妻のシオンちゃんも誘われたのも、そっちから攻略する気なんだろう。こうしてる間にも、シオンちゃんが男爵夫人と小さなご令嬢に食事マナーを仕込まれている。俺の仕事量を管理してくれるシオンちゃんをどうするつもりだ。俺の姉さん女房は渡さんぞ。
とはいえ、お貴族様の食事には興味あるんだよな。フォーク1本で食べていいなら。
「まぁいい、今日は記念日だ。さぁ、正装に着替えたら、応接間でくつろいでいる我々それぞれの最愛のもとに行こう」
「……そう、ですね」
言い回しにクセがあるトコも、ちょっと気まずくなるところだ。
わざわざ迎えに来て、正装を貸してくれたエノールミ男爵に先導され、領主館の中を進む。頑丈な石造りはいつかスタンピードや災害が起きた時の為の堅牢さらしい。そんな頼もしい目的故か、石材の色は多少暗くとも、余計な威圧感や寒々しさはない。今が初夏だからなのかもしれないが。
そんなことを考えている間に、応接間へと着いた。扉の奥からは穏やかな笑い声が聞こえてくる。どんな話してんのシオンちゃん。俺にも教えて。
ノックして扉を開けた領主に続いて中に入れば、微笑む男爵夫人にはじける笑顔の令嬢、目を見開く赤ちゃん子息、そして若葉色のワンピースを着こなす妻のシオンちゃんが手を小さく振って迎え入れてくれた。良かった。顔色もいい。……心配通り、シオンちゃんから囲われるなぁ、これは。
シオンちゃんに小さく手を振り返してから、夫人らに軽く会釈する。すると夫人が笑みを深めて、「お疲れ様、フェルティ。仕事が早いわね」と労ってくれた。おっと、俺は別に成長してないぞ。
「そちらでご用意くださった水がよく冷えていまいたので。温度差が小さいと、私は仕事をしやすいですね」
「あらそうなの。氷室管理者に礼をしておかなくてはね」
「それは、是非」
俺の仕事が早かったのは、お宅の使用人の気遣いのおかげ。だから変に俺の仕事を増やしたりしないでくれよ? 今でさえ、仕事を受けすぎてシオンちゃんとの時間が日に日に減ってるんだ。まだ夏本番前だぞ。早く弟子を取りたい……。
懐中時計を開いた領主は一つ頷くと、俺にも席を勧めつつソファに腰掛け、夫人たちに微笑んだ。
「扉越しにも賑やかな声が聞こえていたよ、僕の愛たち。一体どんな話で楽しんでいたんだい?」
「聞いてパパ! フェルティくんとシオンちゃんが、ここに来る前にカフェに寄った時の話でねー!」
「……」
齢7歳の男爵令嬢、アマリア様がお喋りするのは、本日おやつ時に行った、カフェでの戯れ。
一口大にカットされたポルボロン(ホロホロ食感の焼き菓子)をつまんでいたところ、皿に1つだけ残ってしまった。シオンちゃんが目を輝かせて『ちょーだい!』なんて、可愛らしく言うものだから、イタズラ心が湧いてきて、あっち向いてホイで決着つけることにしたんだ。
3回先勝。じゃんけんぽん! あっち向いてホイ!
結果はもちろんシオンちゃんが勝った。けどシオンちゃんは最後の1個を、なんと俺に『あ~ん♡』してくれた!
素朴ながらも幸せの味がしたそのエピソード、話しちゃったか、シオンちゃん……。
「それでね! あっち向いてホイが楽しそうだったから、ママとファウストくんとシオンちゃんと一緒に遊んでたの! そうだわ! パパもフェルティくんも一緒にあそびましょう!」
「ありがとう、アマリア。仲間に入れてくれて。だけどパパ、やり方が分からないなぁ。誰か、手本を見せてくれないかなぁ?」
知ってるだろオイ!! 市井では昔っからある普遍的な遊びだわ! コラ、俺の方を見るな領主!!
白々しい調子で俺を揶揄ってきた領主だったが、やる気に満ちたお嬢様が手本に立候補してくれたから、生き恥を晒すことは無かった。
「じゃんけんぽん! あっち向いてホイ!」
「あー! 向いてしまった!」
「もー、パパ弱いー! アハハッ!」
夕食会の時間が来るまで、お嬢様が領主と遊んでいた。その光景のなんて、平和なことか。
ほっこりしていたら、隣に座るシオンちゃんが俺の右手に手を重ねてきた。ドキリと心臓を高鳴らせつつシオンちゃんの方へ向けば、頬を赤らめ、夕焼け色の瞳を潤ませたシオンちゃんがさくらんぼ色の唇を尖らせて微笑んでいた。脳トブッ
「フェルティくん。私たちも、いつか、ね」
「うん、そうだね、シオンちゃん。近い将来」
「うふふっ」
手をつなぎ直して、未来を見つめ合う。あぁ、なんて夢心地。もっと仕事頑張ろ。そんでもって、弟子か従業員を早く取りたい。
やがて、メイドが呼びに来て、俺たちは夕食会場に向かう。
「楽しみね、フェルティくん」
「そうだね。そういえば、領主様。先週お誘いいただいたとき、『珍しい料理を披露しよう』とお話くださいましたが、それは一体?」
「まぁまぁ、フェルティ。先に知ってしまっては、感動が半減してしまうだろう? 楽しみにメインディッシュを心待ちにしてくれたまえ!」
「それもそうですね」
赤ん坊の子息は居ないが、お嬢様は参加することだし、ゲテモノじゃないことは確かだな。