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両親と秘密のとんかつの食事会(5).

 また実家で肉加工の話をすると言ったところで、キッチンから聞こえていたパチパチ揚げる音が止んだ。やっべ、早く食べきらなきゃ。メインディッシュは1人1皿、しっかり1人前を4人前用意するからね。

 2人に一言言って、空になった皿を持ってキッチンに行く。中でシオンちゃんは4枚の木製の平皿に茹でキャベツ、酢漬け野菜を盛り付けてる最中だった。皿をシンクの盥の水に浸けつつ、思ったことを言う。


「そうだったな。せっかく漬けてあったのに忘れてたな。レモンがあったから……」

「そうなのよ。まぁ、ギリギリセーフって事で」

「付け合わせが変わると、気分も変わるしね」


 そんな風に言い合いつつ、俺はシオンちゃんが皿に盛り付ける茹でキャベツには熱を送り、ニンジン・パプリカ・玉ねぎ・セロリの酢漬け野菜からは熱を奪った。

 魔道竈の火が完全に落ちていることを確認して、炭からも手で触れる程度にまで熱を奪う。火消し壺に片すのは、2人が帰ってからでいいか。


 揚げ油と鍋からも熱を奪っていると、水に浸けていた皿を手で拭える分だけ汚れを落としていたシオンちゃんが、「そろそろいいかな」と言って、包丁を持った。

 網の上で休ませられた牛カツはだいぶ中の肉汁が落ち着いてきたところだろう。シオンちゃんのやわらかい指ではまだ熱いそれを摘まんで、サッとまな板に置いた。何切れにするか、熱さはどうするかを考えて、包丁を軽く牛カツに当てて決めて、切っていく。


 ザッ! サクサク、スーッ ザクッ!


 広く見えるよう斜めに切られた断面は、今にも溢れそうな肉汁できらめく、肉汁の赤さが眩しかった。火の通し加減は完璧! 領主館で頂いたあの日くらいの完璧さじゃなーい? 包丁もよく切れるように研いでおいて良かった。

 1枚目をカットし終えたところで「最高の揚げ具合だね」と褒めたら、「えへへ」と素直に照れられた。こっちも照れた。


 余熱で中まで熱い牛カツを4枚、8切れにそれぞれ出来たら、シャッと包丁に乗せて皿に形を整えて盛り付ける。こちらも忘れるところだった特製の味付け塩を乗せて、最後に彩りを確認して……よし、持っていこう!



「はーい、お待たせしましたー! こちら本日のメインディッシュ、“おもてなしの牛カツ”です!」

「おお~! 今度は切ってきたか! 扇子みたいな開かせ方して、洒落てんなぁ!」

「付け合わせはさっぱりとピクルスなのね。それにしても、ステーキよりも美味しそうねぇ! あれ? グレイビーソースは?」

「焼いてないから、鍋からこそげ落とす焦げ付きも肉汁も無いの。今まで出したソースで勘弁してね」

「俺らの1番のおすすめは、この塩だけどな」


 心を込めて盛り付けた一皿を褒められて良い気になるシオンちゃんと俺。母さんの疑問にも答えたら、命と労働力に感謝して──ご馳走をいただこう。


 今回は1人1皿ってのと、いい加減イチャイチャするのも飽きたのか、父さんも母さんも普通に食べた。


 サクッ! サクッ、サクッサクッ……


 父さんと母さんは1口噛んだだけで目を見開き、噛みしめるたびに頬が緩んでいく。

 振る舞った相手がこうやって堪能してくれる顔を見るのは、やっぱり楽しいな。今更ながら、領主の気持ちが分かったような気がする。


「いやぁ驚いた! こっそり、揚げたステーキだろうと舐めてかかってたが、カツはカツで食感も肉汁の爆発力も違うなぁ! 旨い!」

「牛肉をグレイビーソース無しでなんて……って思ってたけど、塩も良いわねぇ! 肉の味がより引き立つわぁ。良い肉をシオンに持たせて良かったわ」

「でしょでしょー?」

「ちなみにその塩、炒った干し雷呼茸(らいこたけ)が入ってんだ。香るだろ?」

「あぁ、この茶色いのは雷呼茸か! どおりで香り高いと!」


 おぉ、父さんも分かるか、この違い。雷呼茸ならではの風味が良いよな。牛肉にも合うし。

 雷呼茸は雷に打たれた菌床の原木から生えるキノコで、昔から避雷針代わりに庭に原木を置いてる家庭がある。自分たちで雷を呼んでるから、原木は燃えないよう何かしらキノコから作用をされてるらしい。今のとこ雷呼茸の何が防火の作用をしてるのかは分かってないが、そんなことよりも! 味も香りも良いキノコなんだコレが! 採れたても加熱して美味しいけど、乾燥させて出汁取ってスープにしたり、こうして削って塩に混ぜても旨いんだ!

 10年前まで高級品だったから、『人為的に雷を当てても、たくさん生えるぞ』と気付いた人にはすんごい感謝してる。ありがとう、領主様。


「ほら、お前たちも食べなさい! もう食べ慣れてるだろうがな! はっはっは!」

「そうだね。じゃ、フェルティくん」

「あぁ」


 何度食べたって、慣れてきても、揚げもんは旨いんよ。


 薄めに切られた牛カツはフォークで刺して持ち上げるとくにゃりと曲がる。肉汁できらめく赤さが残る肉を、雷呼茸を混ぜた特製塩にちょんと付けて、1切れ丸々頬張った。


「ん~~~っ! 肉と雷呼茸の旨味が口いっぱいに広がるーっ!」

「違う味わいで、とっても美味しい! もう私、この塩じゃなきゃダメかも!」


 稼ぐ。


「ふふふ……! うれしいなぁ! 一緒に楽しもうね」

「……口に出てた?」

「思いっきりね」


 うわぁ、は、恥ずかしい……。意図してないから、尚更。父さんも母さんも、笑わんでくれ。締めのデザートのアイスクリーム、取り上げるぞ。


雷呼茸はほぼシイタケ。雷をマジで呼ぶので、半分モンスターみたいな存在。でも美味しい。普通に栽培されている。


シイタケを調べてる時にチラ見したんですけど、雷の電圧じゃなくて、落ちた時の爆音でシイタケは危機感を覚えるらしいって論文があるらしいっすね。びっくりです。


それと、ストック切れました。ちょっとお休みします。土曜日までに更新できるといいなぁ。

追記:すみません、まだかかりそうです……。


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