両親と秘密のとんかつの食事会(2)
次の揚げ物をして来ようとしたら、ガナド父さんに止められた。『何皿あるか分からんが、交互に行け』と。食事会だもんなと納得して、キッチンにシオンちゃんを見送った。火傷に気を付けてね。
カウンター内に置いてある脚の長い椅子に腰掛けながら、お代わりのナスの揚げ物を摘まむ。
薄いから冷めるのも早い。熱魔法で一皿分温めなおして、塩で味わう。うん、サクくにゅって食感もナスらしいし、エキスがとろけて口の中に広がる。今日も上手く揚げられた。
次のナスに手を付けたところで、父さんに話題を振られた。
「ようやく、腰を据えて話ができるな。忙しいのは前からだけどよ」
「顔は割と合わせてるけどな」
製氷の契約で週に1・2回は会ってる。今は冒険者してるシオンちゃんの兄貴より間違いなく顔見せてる。それでも密接かと言われると違う。氷を作るのはそこそこ時間がかかり、集中もしないといけない。なんてことない会話くらいなら大丈夫だけどさぁ。
「フェルティ、無理してないか?」
「んー? まぁ、新規で受けたのはお隣さんとのグレーなやつだけだし、領主館には増やしたけど大した負担でもないかな。弟子との稽古は発見だらけで楽しいから、忙しいとは違うし……」
『だから今のところ大丈夫』と続けようとして、父さんと母さんが困ったように微笑んでるのが見えて、聞きたいのはそこじゃないって気づいた。
「でも、シオンちゃんとの時間はちゃんと取ってるから。夕方からだけど、一緒に料理するのがデート替わりみたいなもんだ」
「……そうか、それならよかった」
「あなたたちが生活ですれ違っていないなら、それでいいのよ。これからも仲良くね」
「うん」
養親で義両親な人たちを安心させられて、俺も胸を撫で下ろした。……孫は授かりもんだから、気長に待っててくれ。
父さんからまたナスを餌付けされてるアマネセ母さんが、口の中のものを飲み込んでから俺の方に身を乗り出した。
「そうそう、フロラ(※お隣の青果店)から聞いたけれど、ナバー君を勧誘したんだってね」
「まぁね。せっかく水属性での製氷の可能性が見つかったからな。伝手で可能性が高い奴を誘ったんだ。アイツ、すごいから」
「目の付け所がいいな。ナバーはお前と似て、よく見て真似て、自分に落とし込むのが上手いからなぁ」
……血の繋がりが全く無いのに、その言い方はよく分からない。そりゃ年の差ある友達だけどね? ただまぁ、悪い気はしない。
「天才なんて、そんなそんな……! 天才夫婦なんて、そんなそんな……!!」
「俺ァお前が自信家になってくれて、涙がちょちょ切れるぜ」
「のろ気も忘れないしねぇ」
「のろ気に関してはアンタらに言われたくないんだけど」
明らかにアンタらの影響だからな。……そういう指摘も、この人たちを喜ばせるんだろうな。別にいいけど。
フォークでナスを刺して、少しハリがなくなってきたそれを眺めた母さんが、「ねぇ」と軽い声で話題を移した。
「野菜って、揚げても美味しいのねぇ。さっきの玉ねぎの花揚げも見事だったけれど、どっちが考えているの?」
「考えてる、か。やっぱりシオンちゃんがほとんどかな。タネもそうだし、衣もそう」
あれ? 俺が閃いたのって、中にチーズを入れるくらいじゃね? もっと俺も考えなきゃ。
油が温まったのか、キッチンの方から揚がる音が聞こえだした。何揚げてるんだろな。
「シオンがか。やっぱ食材に触れてる時間が長い方が思いつきやすいよな。なぁ、器用な子だからまずいもんは作んねぇだろうがよ、なんか変なモンとかあったか?」
「変な? シオンちゃんは美味いもんしか……」
「もう、失敗談を引き出そうとして。無いなら無いでいいからね」
「そういうこと。あー、失敗じゃねぇけど、帰ってきたときに家の中からドカドカ音が鳴ってた時は肝が冷えたよ」
「何してんのあの子……」
「『おかえりー』って笑って言いながら、麺棒で肉をシバいてる光景は、結構怖かった」
「料理じゃなかったらアブナイ場面だわな。で、それはどんな揚げ物になったんだ?」
「それは、」
「これよ!」
すごく良いタイミングでシオンちゃんが戻ってきた。その手に一人前の平皿を持って、一人分ずつ、少なめに盛られたそれを2人の前にそれぞれ置いたシオンちゃんは、恭しく礼をして見せた。
「お待たせしました。こちら、“野菜の鶏肉巻き棒カツ”でございます」
「「棒カツ?」」
円柱状の、指よりは長いくらいのサクサク衣のカツ。……棒というにはちょっと短いかぁ。
「さっきとはかなり表面が違うわねぇ。かなりトゲトゲしているわ」
「粉じゃないもんをまぶしたんか。玉ねぎとナスは中身が分かりやすかったが」
「あぁそっか。まだ見せたことなかったね。これはパン粉をまぶしたの。食感がサクサクと良くなることはもちろん、タネに油が浸透しすぎることを防いでるの」
「領主に最初に見せられた揚げ物も、こんな感じの衣だったんだ」
シオンちゃんは見せるだけ見せて、キッチンから持ってきたまな板と包丁で棒カツを角度を付けてカットした。断面は濃い緑とオレンジ色で、鮮やかだった。包んだ野菜はインゲンとニンジンだ。いいね。
最初は薄くスライスした豚肉で巻こうとしたんだけど、牛・豚・鶏をバランスよく使おうと思ったらこうなった。
「そして、最後にコレ!」
ご機嫌なシオンちゃんが取り出したのは、ハードチーズとおろし器。シャッシャッとチーズをおろして、パラパラとふわふわのチーズが棒カツに降りかかる。湯気の上がるカツの熱で溶けて、旨味が浸透していく。
うはー! うまそー!
「はい、完成ー! 召し上がれ!」
「魅せ方まで上手くなって……! いただくわね」
「切るか?」
「これ以上は中身が潰れて出ちゃってみっともなくなるかも。だから、このままかぶりついちゃう!」
母さんはフォークでザクッと棒カツを刺して、控えめな口を大きく開けて、ガブッとかぶりついた! 後ろから滴るインゲンのエキスに目を見開きながらも、噛み切って、もぐもぐと咀嚼する。一回咀嚼するごとに笑みは深くなり、飲み込むころには満面の笑みになっていた。シオンちゃんとのハイタッチ再び。