勧誘とお祝いの牛カツとすり身揚げ(4).
※レティセン視点
7月26日、土曜日。今回も俺は領主に修行の様子を報告する。といっても、ニンジンの中の水分を凍らせる実験をして、今の技術や鍛錬度合いでは数分ひんやりする程度しか冷やせなかったが。
「そうかい……。いや、水そのものではなく、固形物があっても冷やせるのは良い報せだよ。消費魔力もだいぶ抑えられるという話だ。それなら我が家の使用人でも出来る者もいるかもしれないね。数分で温くなっても、冷やしてすぐ活用すれば問題にならないわけだしね。よし、レティセンが自分で納得いく結果を出せた頃、希望する使用人を君らのもとに送ろう。弟・妹弟子たちを頼むよ」
「……了解しました」
この人もか。少し喋るようにはなったが、まだ俺は口下手だぞ。いや、金貰ってるからには仕事をやるが。
あからさまにイヤそうな顔をする俺をおかしく笑うエノールミ領主の前から失礼して、相棒のフランテブランカに会いに馬小屋へと向かう。
「おつかれレティセン! 昨日の魚のお返し、あんがとよ!」
「……エルナンか」
その途中で、領主館お抱えシェフの一人、エルナンに呼び止められた。野太い、覇気のある声。その陽気さは男爵位とはいえ貴族の家に務める者であるのを忘れてしまう。
「でもよ、こっちが困って助けてもらっただけだってのに、あんな大量のビスケットなんて、申し訳なくなるぜ」
「……気にするな。近所の菓子職人見習いが焼きすぎたのを、流用しただけだ」
「……お前、それって」
「?」
「いや、お前はそういう星の元に生まれたんだな。そんな顔してる」
どんな顔だよ。三白眼に厳つい顔が火傷で引き攣って、今やオーガに近いぞ。
いや、確かに、冒険者時代も地元時代も何かしら貰ったり、押し付けられてきたが。今朝も近所の菓子職人見習い(俺より年上のおっさん)に泣きながら押し付けられたし。『家内に渡すビスケットを焼いてたら、こんなことに……』って。
夜通し焼いていたようで、寝不足なのが丸わかりのフラフラさだった。なんでそんなことをしたのか聞いたら、『家内のご機嫌取りに……。理想を求めて焼き直し続けた』と。結局、材料を大量に消費したのを叱られたらしいが。
とりあえず、配り歩いてる間に怪我しかねない弱り加減だったから、昨晩は魚が入っていた壺に詰められる分だけ貰って、そのまま領主館のメイドにシェフたちへ届けてもらった。お返しのビスケットはそんな顛末だ。
「それはそうとよ、本当に昨日は悪かったな。お前に壺を渡した後でフェルティに聞いたわ。氷を作れたお祝いに牛カツの予定だったんだろう?」
「まぁ、な。予定通り牛カツは頂いたし、魚はつくねにして揚げたりスープにしたりして、余った揚げつくねは貰った」
「こいつ、また貰ってる……」
「ハハッ……!」
確かに。酒のアテに数個、チーズをかけて食べたが美味かった。それでも残っていた分はビスケットのおっさんにおすそ分けした。横流しばかりだが、困った人はいないんだから、構わんだろ。
そう思って笑っていたら、エルナンが嬉しそうに微笑んだ。なんだコイツ急に。
「なんか、良かったわ。来たばっかの頃のお前、全部がどうでもいいって顔してたからよ」
「……」
まぁ、隠してはなかった。
死が隣人なんて常識の冒険者のくせに陰気臭い奴だと、陰で言われていたのも知っている。……喪に服して何が悪いのか。引きずり込まれて、誰が咎められるか。
だが、元気になって良かったと言われるとは、正直思わなかった。
「そうだな。生きてて、良かったよ。あんなに旨い料理が、牛カツが食える人生になるとは思わなかった」
「はっはっはっ! 魔法極めて、氷でガッポガッポ稼げたら、毎日食えるぜ!」
「そりゃあいい。たまにはエルナンも招待させてくれ」
「毎日呼べよ!」
目標が、現実になったらな。なるべく早く極めるから、待ってろ。
明日はお休みします。ストックが切れました!
今回以降も、纏まった話が書けるまでお休みするとこがあります。ご了承ください。